この里に降る雨はほとんどなくて、降れば、“恵みの雨”、その言葉通り。
でもどうしてこんな日に限って雨なんだろう…
ベットに膝を付き、出窓に肘を付く。
そうしてちょうど目の前にある両手に、くいっと顔を乗せた。
こんな体勢を取りながら眺める景色は、ただ降り続く雨。
窓ガラスを、外の様子が見えなくなるほど伝う雨。
その向こうに覗く世界もまた同じ雨、なのだけれども。
「はぁー…」
もう何度目だろう。ため息が出る。
今日はせっかくの最愛の人と過ごす日。
互いに忙しく過ごしている2人にとって滅多にない、丸1日を一緒に過ごせる日。
―それが雨だなんて
乾燥した、砂で覆われるこの里に雨が降ることは珍しい。
全くないというわけではないが、きっと年にも数え切れるほどであろう。
「なんで雨かな…」
そうぽつりと口にすると、また小さなため息がこみ上げてきた。
「は雨が嫌いか?」
ぎしりと音を立てて、ベットが一瞬軋む。
掛けられた言葉と同じように温かい空気がそっと自分に近づいたことがわかった。
「今は嫌い、かな。」
ゆっくりとその言葉の源へと振り返りながら、小さな声で答える。
の言葉とその雰囲気が余程だったのか、我愛羅は苦笑いを浮かべながら“そうか”、と答えた。
「我愛羅は?」
「雨か…嫌いでもなければ好きでもない。」
「そっか。」
ぽつり、ぽつり、とゆっくり交わした会話はまるで部屋の中で木霊するようであった。
はまた、視線を窓へと移す。
先ほどよりも少し強まった雨脚は、屋根や地面へと雨が叩きつけられる音を大きくしていた。
(雨なんて嫌いだよ…)
雨を眺めながら、自分の中でだけ呟く。
せっかくの日に、我愛羅と過ごせる日に。
行き先はどこだっていい。
普通のカップルと同じように手を繋いでどこかに行きたいと思っていた。
ただ、その辺にいるようなカップルと同じような時間を過ごしたい、それだけを期待していた。
それにきっと今日この日を休みにするために我愛羅は無理をしただろうとわかっている。
“風影”である我愛羅―その仕事はこの里を守り、発展させていく、里の明日を左右するもの。
何度か足を運んだ風影室の我愛羅のデスクにはいつも、手をつけても到底なくなることのない書類が山積みにされている。
手をつけても、仕事をしていても減らないその書類だけではなく、上役の集まる会議などにも出席しなければならない。
それを今日1日、行わないとすれば――きっと風影としての責任を強く感じている我愛羅は昨日までにいつも以上に働き、
そして明日からもその皺寄せに追われることになるに違いない。
「冷たい…」
手を伸ばして、そっと窓に触れる。
期待を裏切り、我愛羅の時間を無駄にした雨に濡らされたその窓の温度は予想以上に冷たくて、そしての手を薄っすら濡らした。
「?」
が窓へと視線を戻したことによってまた流れ始めた沈黙に、我愛羅がふいに名を呼ぶ。
それには振り返りながら、“何?”という視線を我愛羅に向けた。
ぽんぽん、と我愛羅が腰を掛けているベットの隣を叩く。
“おいで”、その意味を悟ったは出窓に置いていた手をそこから離し、そっと我愛羅の隣に腰を掛けた。
「どうかした?」
「雨はそんなに嫌いか?」
至って真剣に、目を合わせて問う我愛羅には少しドキッとした。
どこか寂しそうにも、どこか怒っているようにも、その我愛羅の表情を受け止めることができるようであった。
目を合わせながらもが戸惑って、何も答えられずにいると、我愛羅は少し顔を緩めて視線を窓へと向けた。
「雨が降ることはこの里にとって大切なことだ。ここで暮らすすべての人の命と同じ、とも言えるかもしれない。」
「うん……」
「そうであるから風影として雨は嫌いではない。だが…」
「…ん?」
「…が雨が嫌いならばオレも嫌いだ。」
そう我愛羅は言うと、窓からへと視線を戻し、そしてゆっくりと微笑む。
その言葉の意味と微笑みに一瞬驚いたも、目の前で優しく微笑む我愛羅につられるように思わず口端を上げた。
「やっと笑ったな。」
「えっ?」
「今日はまだその顔を見ていなかった。
逆の顔ばかりだっただろう?ため息をついて…」
「そう…だった。」
言われて思い出してみれば、確かに我愛羅が家にやってきてからこうやって窓から外を眺めてばかりだった。
なんだか指摘されたのが恥ずかしくて、“ごめん”と言いながらは俯き加減になり、我愛羅から視線を外した。
そんなの様子に我愛羅はぽんぽん、とまるで子どもをあやすように頭を優しく叩いた。
「雨が嫌いなのだから仕方ないだろう?でも、雨にだっていいところはある。」
「…“恵みの雨”、だからでしょう?」
そう言って、伏し目がちだった視線を我愛羅へ向ける。
“それもあるが…”、そう口を開きながらまた、我愛羅が優しく微笑んでいるのがわかった。
「雨の日は互いのことがよくわかるだろう?」
「えっ?」
「雨の日は、特にこういう雨脚の強い日は雨がすべての音を消してくれる。
何かに妨げられることなく、相手を感じられるだろう?
今のように、オレはだけを見ていられて、だけを聴くことができる。」
すっと我愛羅から伸びた手が、先ほど窓に触れたの手を包む。
体温の少し低い我愛羅の手であったが、それがとても温かいような気がした。
「晴れているときは気がついていない、無駄なものを雨は取り除いてくれている。そうは思わないか?」
包まれていた手が自分の膝へ置かれ、我愛羅の手が離れていく。
その様子を眺めていたはただそれだけの行動に、自分の中に、“寂しい”、という感情が生まれているのを感じていた。
手が触れる 手が離れる
そんなことは初めてでもなければ、もう何度体験しているかさえわからない。
そうであるのにその存在をこんなに意識したことはなかったと思った。
「確かにそうかもしれない…」
がゆっくり口を開いて、自分の手元にあった視線を我愛羅へと動かした。
そんなに、我愛羅はその頭を撫でてから、そっと力を入れて自分の胸に導いた。
そんな我愛羅の行動に一瞬驚いて体に力が入ったであったが、少し微笑んで我愛羅の胸に耳を当てた。
「…あのね…」
「ん?」
「せっかく一緒にいられるのに雨が降っててつまらないなんて思ってた。」
「…そうか…」
「ごめんね。」
の言葉への返事の代わりに、我愛羅の手がゆっくりとの頭から背中へと何度か流れるように撫でる。
互いの顔が見えなくても、きっと互いに優しく微笑んでいることが目に見えるような気がした。
「また晴れる日もあるもんね。」
「そうだ。雨の日の一緒にいられることの方がきっと、この里では難しいことだろう。」
「じゃあ雨は運が悪いんじゃなくて、本当はすごく運がいいってことだね。」
そうが言って顔を少し上げる。
その様子に気付いた我愛羅が少し顔を下ろせば、2人の視線が合った。
「ふふっ。」
そうが鼻を鳴らすように微笑めば、我愛羅も微笑む。
はそのまま体を我愛羅の方へ少し向けると、その胸に顔をつけ、背中に手を回した。
“トクトク”、と規則正しく動く我愛羅の心音が心地よくてそのまま瞳を閉じた。
外はまだ雨。
ザーザーと音を立てて降り続く雨。
すべての音を隠して、消して―――ただ2人きりに
雨も悪くはない、そうも我愛羅も思った。
アトガキ
すごく久しぶりの我愛羅です。3ヶ月ぶり?ぐらいです。
なんだかもう我愛羅が偽者のようで、申し訳ないです。
話し方や雰囲気がよくわからなくなってしまいました…。
私の中ではすごく甘い話としてこれを書いたのですがどうなのでしょう?
思った以上に甘くなかったような気もしているのですが。
2006.6.23 up
雨の世界*close