風が肌寒いこの夜に、
ここ木の葉隠れの忍御用達の居酒屋で
盛大な慰労会が行われていた。
慰労会、というのは幹事であるアンコが言い出しただけで
単なる飲み会となんら変わりない。
もちろんそんなことに気を留める忍などいない。
開始30分余りで、すでに酒に酔う者、場の雰囲気に乗る者で大盛り上がりになっていた。
「酒、酒、酒ー!!」
叫ぶアンコには既に幹事であるという自覚はなく、
誰にも劣らないほどの酒を浴び続けている。
その周りにいる、紅やアスマも顔色は変えないものの、
人並みならない、空になった酒瓶を目の前に並べていた。
いつもならば率先してその仲間に入っているだったが、
今日は少し離れた席でその様子を眺めていた。
「よう、今日はいいのかよ?」
楊枝を上下させながらゲンマが隣に座っての方を見る。
「遅かったですね、ゲンマさん。」
さっきまで姿のなかったのゲンマを見て、が声をかけた。
「任務だった。…今日は仲間じゃねぇのか?」
「私もさっき来たところで。
今さらあの中には入っていけませんよ。」
軽く微笑みながらはそう言った。
「そういうことか。
オレはてっきり前回ので懲りたのかと思った。」
「そ、そういうこともありましたね…」
ゲンマの軽く笑う表情に
は前回のことを思い出し、ゲンマと同じような苦笑いをした。
前回の飲み会。
1次会まではいつもと何ら変わりのない飲み会だった。
いつものように飲んで、騒いで、飲んで、笑って…
いつものように楽しい、楽しい飲み会であった。
しかしその後には地獄を見ることになったのだ。
任務だの、もう限界だので、結局2次会に残ったのは酒豪の中の酒豪。
アンコ、アスマ、紅、カカシ、ゲンマ、そしての6人。
そんなに人数もいないこと、気心が知れた仲のメンバーだけということもあって
比較的広いアスマの家で2次会をすることになったのだ。
2次会だというのに皆の酒を飲むスピードは落ちることなく、
むしろ他の客に(ほんの気持ちだけ)遠慮していた1次会よりも開放的になり、どんどん飲み続ける。
買ってきたビールがなくなればアスマがコレクションしていた焼酎にも手が伸び、
絶好のタイミングでカカシが自分の家から任務先で見つけたという珍しい地酒を持ってくる。
酒好きが選ぶ酒だけあって、どれもおいしい酒で、すべて飲み尽くした。
空が明るくなり始めた頃、やっと2次会がお開きになり、すっかり酔っていたは、
それに比べればまだ酔っていない、家が同じ方向のゲンマによって送り届けられることになった。
そしてそれからが地獄。
1次会に続いて2次会も大量の酒を飲み、しかもいろんな種類の酒を楽しんだの体は
すでに許容範囲を超えた状態だった。
立ち上がるのがやっと、とても歩ける状態じゃなかったため、ゲンマにおんぶされていたの顔はみるみる真っ青になり、
口から出る数少ない言葉は、“気持ちが悪い”と“頭が痛い”、それ以外になかった。
そのまま家に送ったとして、一人になったのことが心配、いやむしろ不安になったゲンマは、
仕方なく自分の家に連れて行き、の酔いが醒め、なんとか1人でも大丈夫なまでに戻るまで介抱したのだった。
「まさか忘れてたわけじゃねぇよな?」
ゲンマをギロッと見つめる。
あの介抱を忘れられては困る、ゲンマはそういった様子であった。
「…アハハ…」
その節はすみませんでした、は頭を掻き、苦笑いを浮かべながら言った。
「はぁ〜…まぁお前が飲んでももうオレは関係ねぇからな。」
「え〜!!そんな冷たいこと言わないでくださいよ〜!」
ね?、はゲンマの空になったグラスに並々とビールを注いだ。
「そういやお前最近、あんま待機所にいねぇな?」
「あ〜そうですね。任務で忙しくって…。」
「ふ〜ん…。」
「ゲンマさんも結構任務やってますよね?
よくツーマンセル組むし…」
「まぁな。」
そう言ってゲンマはビールを飲んだ。
大変ですよねぇ、そんなことを言いながらも料理に手をつけた。
「あ〜!!もしかして上忍になったりするんですか?」
閃いた!!、そんな感じで、目を見開いてが声を上げる。
「いや。」
ゲンマはいつものように、そっけなく返事をする。
「そうなんですか〜。
てっきり上忍になっちゃうのかと思いましたよ。」
はゲンマのその返事に、明らかに面白くない!というような顔をしていた。
「じゃあは?」
「へっ?」
「んだよ、その気の抜けた声は…。
任務たくさんやってる理由を聞いてるんですけど?」
意図的に敬語を使い、の目をしっかり見つめてみる。
視線が泳いで、明らかに動揺しているがそこにいた。
「別に理由なんてないですけど…。」
冷静を装っているのが見え見えだと、ゲンマは思った。
そして、ある事を確信しながらも、それを言わずにの様子を見ていた。
「へぇ〜…」
「なんですか、その言い方。」
は少し怒った表情を浮かべている。
隠していることがある、もうバレバレだ。
「別に。」
「思いっきりなにか言いたそうな顔ですけど…?」
「言いたいこと、ねぇ〜…。」
並々だったビールが半分になったグラスをクルクル回しながらゲンマは言う。
その様子にはじれったくて仕方がなかった。
「あるんですか、何か?」
口に出した言葉はじれったい気持ちから少し強めになった。
その姿を見て、ゲンマが仕方がないといった表情で口を開いた。
「別にが何を目指してるのかは聞かねぇ。
でも自分の体は大切にした方がいいと思う。」
「…何が言いたいんですか?」
はゲンマの顔をじっと見た。
相変わらず、いつものように飄々とした表情で、
楊枝を上下させているのが、腹立たしかった。
「言わせてぇか?」
ゲンマもの目をじっと見つめながら言った。
「…」
「怪我はしっかり治せ。」
「…知ってたんですか?」
少し小さな声では聞いた。
バレてないはずだったのに、そんな表情だということがゲンマにはわかった。
「あぁ。ツーマンセル組んでりゃわかる。
それに酒を飲まないってのも引っかかった。」
お前は酒好きだからな、ゲンマが少し微笑む。
「…」
「バレてないつもりだったか?
なにをそう急いでる?お前らしくない…」
「自分でもわかりません。
でももっと強くなりたいから。」
「強く?」
「特別上忍になれば、強くなれると思いました。
確かに強くなったとも思います。
でも、それでも救えないこともあるから。」
だからもっと、は持っていたグラスをギュッと握っていた。
ゲンマは少し呆れもしたが、これがのいいところで悪いところであることは
よくわかっていた。
―まっすぐ過ぎんだよ、まったく
下を見つめて、今にも泣き出しそうな。
ゲンマは苦笑いした。
「おい、ちょっと外出るぞ。」
そう言ってを外へ出るように促した。
きっとこのままが泣けば、大騒ぎになりかねない。
しかも酒が入ってタチの悪い奴もいるだろう。
ゲンマの言葉にも正直に従った。
外へ出たゲンマは近くのベンチにを座らせ、その隣に自分も座った。
そして、に持ってきたマフラーを渡した。
少し酒の入って温まった自分の体にはちょうど気持ちのいい寒さだが、
酒を口にしていないに取れば寒いだろう、というゲンマの気遣いだ。
そしてしばらく間を置いてから、ゲンマが口を開いた。
「ここでオレが“お前は強い”と言っても何の解決にもならないことはわかってる。」
ゲンマはいつものように、落ち着いた声色で話し始めた。
「ただ、客観的に見てお前は立派な忍だ。
任務もこなすし、組んでも的確に動ける。
それに何より、回復術を持っていることだ。
攻撃忍術も大変だが、それ以上に医療忍術は得とくが難しいからな。」
そう話しながら、ゲンマはの表情をうかがってみた。
相変わらず泣きそうな顔であるが、真剣に聞いていてくれるようである。
「オレの意見としてみれば、今はしっかり怪我を治すべきだと思う。
怪我は無理をすれば治らなくなる。
そして何より、仲間に対して失礼だろう。
ただでさえ難しい任務をしている中で、怪我をした仲間がいれば…
“大丈夫”と笑っていても気になるだろう?」
「…すいませんでした」
ゲンマの問いかけに、声を震わせながらが答える。
表情はもう見なくてもわかった。
「オレに謝る必要なんてない。な?」
そう言いながらゲンマはの頭を手荒く撫でた。
いつもなら“止めてくださいよー、髪グシャグシャ!!”などと反抗するは
今はどこにもいない。
ゲンマは優しく声をかける。
「頭でわかってても、心がわかってくれねぇときもある。
気にするな。」
「はい…」
「今日は胸貸してやる。
泣いて、落ちるとまで落ちて、戻って来い。」
ゲンマはそっとを胸の中に仕舞った。
本当に忍かってぐらい細いその肩が小刻みに震える。
女なんだな、そう思うとやけに愛しくなる。
ずっとを見続け、誰よりも先に変化には気づいてきた。
こうやって抱きしめたことはもう何回目だろう?
真っ直ぐ過ぎるが故の悩みにはゲンマも苦笑いをしていた。
どれだけか経って。
すっかり肩の震えも止まったがゲンマの胸から身を起こした。
目はさすがに真っ赤だが、表情はすっきりしたものになっていて、
ゲンマは安心した。
「もういいか?」
「ありがとうございました。」
「この貸しは高いから覚えとけよ?」
そう意地悪そうに笑うと、“はーい”、そう言いながらも笑った。
「今日はもう帰れ。
そんな顔じゃ餌食になるだけだ。」
「わかりました。」
「それとこれ。
医療班に頼んで作ってもらった薬だ。
家帰ったら飲んで、安静にしてろよ。」
「本当にすいません。」
がペコリと頭を下げる。
“気にすんな”、ゲンマはそう言った。
「これでオレも任務から開放だな。」
ゲンマは呟いた。
“えっ?”、聞き取れなかったのか、意味がわからないのかはそう言ったが、
ゲンマは何も言わなかった。
「んじゃあな。
オレは酒酒屋に戻って飲み直すから。」
ゲンマは酒酒屋の方を向いて歩き出し、左手を挙げながらそう言った。
そして“気をつけて帰れよ”、そう付け足した。
“はい、ありがとうございました”、そう言うの声を背中越しに聞いた。
今日も言えなかった気持ちは相変わらずだが、
こうやって誰かを必要にしているときにいてやれればいい。
少なくともオレはそれで満足だ、ゲンマは思っていた。
思いが伝えられるのはまたそのうち。
それでいい。
アトガキ
前のサイトで載せていたものを手直しして再掲載です。
ゲンマさんの口調は難しい。よくわかりません。
きっとふとした優しさをもった人だというのが私の理想です。
2006/3/5 HPの試運転開始で試掲載
addicted to you*close