1ヶ月ほど前に、この砂隠れの里に、桜がやってきた。
他国からの友好を表す品だということで、風の国に贈呈されたらしい。
それを風の国の大名が、
“日ごろの感謝の印”として、砂隠れの里へ植樹してくれたのだ。

科学技術によって品種改良をされ、地盤が砂であるここでも
育てられるようになったこの桜。
合計で5本植樹されたうちの1本が、風影邸へやってきた。
その木はほかの4本とは違い、苗木ではなく、
すでに大きな、今シーズンも花を咲かせるような木、である。




そんな木を、庭に出て見上げていると、
この木を管理してくれている方がオレのところへやってきてそっと言った。

「明日ぐらいには花、咲きますよ。
 さすがに全部とはいかないでしょうが、だいぶ蕾も柔らかくなってきてますし。」

「そうですか。」

オレはそれを聞いて、なんだか嬉しくなった。
思わず笑みも浮かんでいたかもしれない、そんなことを後から思った。

花が咲く、これはこの木がここへ来てから毎日、
ある人が楽しみにしていたこと。
毎日、見上げては、“まだかなぁ”、
目を輝かせながら、まるですべての蕾を見るようにじっと待っていた
オレの最愛の人、

明日、桜が咲くかもしれない。
そんなことを言ったら、明日1日中この木の下で
見上げ続けるかもしれないを簡単に想像できて微笑ましかった。
そして、そんな想像を楽しそうにしている自分に驚きながらも
どこか嬉しい気持ちでいっぱいになった。







その夜。

いつものように家にやってきたと食事。
ゆっくりと丁寧に、今日あったことや思ったことなどを話す
あまり口数の多くない、オレの表情をしっかり見ながら
とても暖かくて、まるで包み込むようなの声は、
いつ聞いてもオレに安心を与えてくれる。
話の内容ももちろんだが、の話す姿が好きだ。
そんなことを思いながら、目の前に座るを見ていた。


「・・・羅?我愛羅?」

そうの呼ぶ声で、はっとしてを見る。
そこには、不思議そうな、どこか楽しそうなの顔があった。

「どうかしたか?」

「我愛羅がぼーっとしてたから。
 どうかした?」

「いや、なんでもない。」

そう微笑んだ我愛羅を見て、も微笑んだ。
“よかった”、そう思っているのがよくわかった。

「それとなんだか、今日の我愛羅は嬉しそうに見えるよ?
 何かいいことでもあったの?」

「そうか?」

「うん。
 表情が柔らかいもん。」

何かあった?、そう微笑みながらが問う。
我愛羅は“今日あったこと”を頭の中で浮かべながら
一つのことを思い出した。

「今日あったことと言えば、
 “明日、庭の桜が咲くかもしれない”と言われたことぐらいだ。」

「えっ!?本当!?」

「ああ。桜を看てくれている人がそう言ったのだから
 もし明日じゃなくても、近いうちには咲くのではないか?」

「本当に!?
 あー嬉しいな!どうしよう!?」

あまりの嬉しさに、の顔はほころびっぱなしである。
“舞い上がる”、それはこういうことなのだろう、と我愛羅はそのとき思った。

「明日は1日桜の下にいようかな?」

予想していた言葉がから出てきて、
思わず我愛羅は吹き出しそうになるのを抑えた。
その様子を不思議そうにみるの目が、
さっき言ったことが本気であることを物語っていて
せっかく抑えた笑いが思わず出てしまった。

「何?」

そう相変わらず聞いてくる
本当に気付いていないその表情に笑いは止まらなかったが、
ここで笑いすぎるとが傷つく、そう思って我愛羅は
なんとか心を落ち着かせて、笑うのをやめた。

そしての顔を見ながらゆっくり言う。

「なんとなくがそう言うのを予想していた。
 1日木を見上げるのは首に悪い。
 風影室ならよく見えるから、そこから見ていたらどうだ?」

1日桜の木の下で、が見上げる姿。
想像するだけで愛らしいとは思うが、
体が悲鳴をあげることは目に見えている。

次々と花は咲いていくわけではないことはわかっていたが、
それをに言ったところできっと、
1日桜を見ていることには変わりないだろう、
そう思って我愛羅はに提案する。


「確かにそうだね。
 我愛羅がいいならそうしようかな。」

「ああ。明日の朝、来るといい。」

「うん。」

すっかり桜に思いを馳せているの笑顔は嬉しそうで。
明日、桜を見たらはどうなるのだろう?
ふとそんなことをまた予想してみたが、
今度は思い浮かばなかった。
これ以上の喜び、それって一体何なのだろう?
我愛羅は期待すらしていた。







そして次の日。

―トットットットットッ

そんな音が廊下からしたかと思えば、
次の瞬間には、風影室のドアが開かれていた。

「我愛羅!」

少し息を切らしながらそういうの顔は昨日見た以上に
キラキラ輝くような笑顔にだった。

「見た!?」

だいたい様子から察しはついていたが、
一応、“何がだ?”、と聞いてみる。

「桜!!」

「まだ見てない。
 と見たかったからな。」

ちょっとした悪戯心でそんなことを言ってみる。
の笑顔がぴたっと止まるのが見ていてよくわかった。
相変わらず、期待通りの反応をしてくれるが可愛い、
そんなことを思った。

「ごめんなさい。私、知らなくて…」

そうつぶやく頃には、もうさっきまでのの笑顔はどこにもなかった。
どんどん降下していくその表情に、
もしかすればこのまま泣いてしまうかもしれない、
そう思った我愛羅はそっと微笑みながら言った。

は庭を通ってここにくるのだから見ても仕方がないだろう。
 それにが一番に見たならそれでいい。」

「ありがとう、我愛羅。」

そうまたはふと微笑んで。
我愛羅はの手を引いて、庭へ出た。








「咲いてるでしょ?」

桜の元について、そう桜を見上げながらが言った。
我愛羅もと同じように桜を見上げてみる。

まだ所々にしかなくて、よく見てみなければわからないが、
確かに小さな桜の花が咲いていた。
それが何分咲きか問われれば、まだ一分も満たないだろう。
開花宣言はまだできない程、ということになる。

桜を見上げていた視線をそっとの方に移す。
桜の花を目に映して、嬉しそうに微笑むの顔は
この上がないほど、美しいと思った。
目をきらきら輝かせながら、
色白な肌がぽっと桜のような薄紅色になっていて。
桜を見て“本当、綺麗”、そんな声を上げているの方が綺麗だ、
そんなことを思いながらすっと微笑む。
も我愛羅の視線に気付いて、
“なに?”、そう言いながらふと微笑んだ。

「もっと咲いたら、もっと綺麗なんだろうね。
 あの淡いピンクがいっぱいになって。」

「そうだな。」

「満開になったら、二人でお花見しようね。」

「ああ。」

「私がんばってお弁当作るから。楽しみにしてて。」

そう楽しそうに笑う
“楽しみにしてる”、そう言って同じようにオレも笑った。
がまた、ゆっくりと桜の木に視線を移す。
オレも同じようにから桜へと視線を動かした。

『今こうやってと桜を見ていて思うんだが。』
そんなことを言おうとしたが、
が桜を見上げているのを邪魔したくなくてやめた。




オレが言いたかったことは、
『人を想う気持ちは桜色なのではないだろうか。』と。
時には真っ赤になったり、真っ白になることも大切だと思うが、
このくらいの程よい桜色でいられることが幸せなのではないだろうか、と。


きっと今、を想うオレの気持ちは桜色だ、
そんなことを思いながら、視界にと桜を入れた。
こうやってこれから同じ季節に思っていられたらいい、
そう願いを込めて。





























アトガキ
やっと書けた我愛羅は書いてみたかった桜ネタで。
題名の“color of cherry”は桜色って意味でつけたのですが、
もしかしたら間違ってるかもしれないです。自信ありません。(苦笑)

2006.3.19 up




color of cherry*close