「あーやっぱりもう混んでる!」

そうが言ったとおり、満開になった桜の下にはたくさんの人でごった返していた。

時間はまだ、空に青さが残るころ。

それなのに、さすがにこの季節限定の行事を楽しみたい人々が、
木の下にビニールシートを敷き、お弁当を広げ、酒を酌み交わしている。

「場所ねぇな。」

楊枝を上下させながら、周りを見渡してゲンマが言う。
もキョロキョロしながら、“そうだね”、と相槌を打った。

「考えることは一緒、ってことだな。」

「そうみたいだね。
 天気予報じゃ明日から雨らしいから、花が散っちゃう前にって。」

「悪いな。
 せっかく弁当、用意したのに。」

「ううん。別にそんなことはいいよ。
 家に戻って食べようか?」

そう言って、が今来た方へ、くるりと方向転換する。
その表情は少し微笑んではいたが、ゲンマは胸が苦しくなった。


そりゃそうだ。
毎年、はこの季節になれば花見を楽しみにしていた。
それがオレの任務にいつも阻まれて、来年こそ、来年こそ、と引き延ばされてきたんだから。
今年やっと花見ができるとなって、気付いてないふりをしていたが
かなり手の込んだ料理を作っていた。
昨日なんて、“もう少し起きてる”なんて言いながら結局が寝なかったこと、
一言も言わなかったが知っていた。
そんなにも花見が楽しみなんだな、そうひしひしと感じていた。

当日になって、こんな結果なんてな。
この桜はオレたちだけのものでなければ、花見を楽しみにしてるのもオレたちだけじゃない。
仕方ない、そう言い聞かせるしかないんだろうけどそれはあまりにも…
が納得したような顔しても、オレがなんか…納得できねぇ。



「ちょっと待て。」

ゲンマが歩き出していたを止める。
は振り返って、“何?”という顔をしていた。

ゲンマは地面を強く蹴り、飛び上がる。
それと同時に、右手でポケットからクナイを取り出した。

(許してくれ。これしか思いつかねぇんだ。)

心の中で、目の前の桜の木に向かって謝った。
そして花がたくさん付いた枝にゲンマは手を掛けた。




ゲンマが再び、地に降りると目をまんまるにしたが立っていた。
どうやらゲンマがした一連の行動は、特別上忍だけあって一般人のには
なにがなんだったのか、まったく見えなかったらしい。

だが、ゲンマの左手にある桜の枝を見て、今の行動をすべて悟ったような
表情を浮かべた。

「ゲンマ、それ…

、ちょっと手荒いがしっかりオレに掴まれ。」

が言葉を発し終わるより早く、その腰に手を回し、また地面を蹴る。

(忍が桜を折ったなんて見られていいもんじゃねぇから。)

“ごめんな”、そう強く目を閉じているの耳元で囁くと、
屋根を強く蹴り、家路を急いだ。









「大丈夫か?」

程なくして家に着いて、をそっとソファへ下ろしながらそう言う。
“大丈夫”、とは口で答えながらも、体はぐったりとソファに任せていた。

「すまねぇな。
 忍が桜を折ったなんていうのはさすがにまずいだろうから。」

「そ、そうだね。
 …でもなんで折ったりなんかしたの?」

「ほら、少しでも花見気分を味わいたいだろ?
 だから一番元気そうな木を選んで、拝借した。
 一応、謝ってはおいたから。」

「…桜に、謝ったの?」

「ん?ああ。って何笑ってんだよ?」

「んー、別に。ゲンマが優しいなって思っただけ。
 じゃあ準備するから。」

ニヤニヤしながらは、よいしょ、と言って立ち上がり、キッチンの方へ歩き出した。
小さな花瓶を取り出し、桜の枝を入れ、
食器棚からコップを2つ取り出し、冷蔵庫から酒を出す。
結果的に笑われたままになったゲンマは少し眉間に皺を寄せてはみたが、
そのの手際のよい後ろ姿に、そんな気持ちはどこかへ行ってしまった。






「よし。じゃあ始めよう。
 ねぇ、ゲンマ、お弁当開けてみて?」

一通り準備したものをキッチンからリビングへ運び込んで、が言った。
ゲンマの桜は、テーブルの中央に置かれ、時折窓から入ってくる風に体を揺らしていた。

“ね、開けてみて?”、の言葉にまた促されて、ゲンマがお弁当の蓋を開ける。

「すっげぇな。」

そんな言葉が思わずこぼれてしまうほど、鮮やかなお弁当。
ざっと見て20種類の料理が色とりどりに入っている。

(これは寝れなくても仕方ねぇな。)

見ただけで、相当な時間が掛かったことがわかるそれに、ゲンマは笑み浮かべた。
そしてはそんなゲンマの様子に、“大満足”、そんな顔をしていた。

「見た目だけじゃなくて、味だって自信あるんだからね!
 いっぱい食べて。」

「お、おう。
 本当ありがとうな。」

「いえいえ。」

ニコニコ微笑むから、取り分けられた皿を受け取り、
ゲンマは頬張った。

「おいしい?」

「すっげぇうまい。」

「本当?」

「ああ。ありがとうな、。」

「いいの、いいの。
 ゲンマが喜んでくれただけで私は嬉しいもん。
 ね、いっぱい食べて?」

本当に心底嬉しそうな顔をしてがそんなことを言った。
ゲンマは、の期待に応えるべく、
“わかった”、そう言って次から次に弁当へと手を伸ばした。





それからたくさん食べて、たくさん飲んで、たくさん話して、たくさん笑った。

お弁当は料理の種類の数も多かったが、ボリュームもなかなか多かった。
他愛もない話をしながらの食事だっただけに、満腹中枢をあまり刺激せずに
食べていたので感じなかったが、ゲンマももかなりの量をおなかに収めた。


「あ、そうだ。」

テーブルに置かれた桜を触りながら、は口をぽかんと開けながら言った。
ゲンマは、コップに注がれていたビールを口にしながら、
隣にいるの方へと視線を移した。

「どうかしたか?」

「あのさ、ゲンマ、この部屋から出ないで待っててくれる?」

「は?」

「絶対ここから出ちゃだめだよ。特に寝室とかさ。」

がニコニコしながら、やけに必死にゲンマに念を押す。

(何考えてんだ、コイツ)

ゲンマはそれの意味がまったくわからなかったが、、それをここで聞いたとしても、
きっとが教えてはくれないことはの様子からわかった。

「わかったって。」

ゲンマは少し苦笑いしながらも、にそう言った。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。」

はゲンマの様子にまたニコニコした笑顔を浮かべながらも、
そう言って寝室へ入っていった。
ゲンマはそのの様子を目で追いながら、コップにビールを注いでいた。







「ゲンマー、少しだけ目瞑っててくれる?」

がリビングを出て、寝室へ入っていってから30分ぐらい経ったころ、
ゲンマの耳に寝室の方からそんなの声が入ってきた。

「目瞑ってくれた?」

返事のないゲンマにまた、が声を掛ける。
待たせておいた上に、いきなりの指示。
理由を問わせる間もなく、また指示で、自分だけが楽しそうにしている。
ゲンマはのそのマイペースぶりに何か文句でも言おうかとも思ったが、
の楽しそうな声に、ソファで横になっていた姿勢を座りなおして、
言われた通りに目を瞑った。

「おう。瞑った。瞑った。」

「本当にー?そっち行くからね。
 ちゃんと瞑ってて。」

がそう言って、後ろで寝室のドアが開く音がした。

(なんか子どもっぽくねぇか)

今の自分の姿、子どものときに遊んでいたときの姿と被って、
なんだか恥ずかしくなった。
その一方で、の何か企んでる、そんな声に期待している自分もいる。

(何やってんだ、オレは。)

ゲンマは近づいてくるの気配を感じながら思った。



「目開けていいよ?」

の気配はゲンマの前で止まったかと思うと同時に、
頭の上からの声が降ってきた。
ゲンマは言われたように、ゆっくり目を開けた。

「どうした?」

目の前には、薄紅色の振袖を着たが立っていた。

「どう?似合う?」

「似合うけど…」

「けど?」

そう首を傾げてが、じっとゲンマを見つめる。
アルコールが入ったせいで、ほんのり赤く染まっているその顔が、
そして見慣れない着物を着ているその姿が、やけに色っぽく見えた。
ゲンマは自分の顔が熱くなっていくのを感じて、から目をそらした。

それを見たの表情は、先ほどまでと打って変わって、視線が落ち、
みるみるうちに曇っていくのがわかった。

?」

その様子に気付いたゲンマが慌てて声を掛ける。
の視線だけがゲンマの顔を捉えた。
ゲンマはすっとと向かい合うようにソファから腰を上げた。

「すっごく似合ってる。
 いつものじゃねぇ色っぽさがある。」

「本当?」

「ああ。あまりにも綺麗でびっくりした。
 さっきのはそれだけだ。」

「ふ〜ん…」

が、じろりと睨むようにゲンマの様子を窺う。
ゲンマは少し上目遣いのようなその姿に、またドキッとはしたが、
今度は目をそらさずにを見ていた。

ゲンマのその様子に納得したのかが笑みを浮かべる。
ゲンマはほっと胸を撫で下ろした。

「この着物ね、かなり前にお母さんにもらったの。
 着れるうちに、着れる機会があったら着なさいって。
 小さいときにお母さんがこれを着ててすっごく綺麗で、
 着てみたいって思ってたからそのときは嬉しかったんだけど。」

が袖のあたりを揺らしながら、ゆっくり話し始めた。
ゲンマはその嬉しそうな様子にただ、楊枝を上下させながら聞いていた。

「なかなか着る機会ってなくてね。ずっと奥に仕舞っておいて。
 それをさっき、そのゲンマの取ってくれた桜を見て思い出したの。
 これね、桜で染めたものなんだ。」

「確かに桜色、だな。」

「うん。まるで桜の花、みたいでしょ?」

「ああ。」

「でもね、桜の花で染めたんじゃないの。
 桜の枝の部分で染めたんだって。不思議でしょ、こんな色になるなんて。」

が、ねぇ?、そんな顔をして微笑んでいた。
ゲンマは、そうだな、そう言って、同じように微笑んだ。

「これはゲンマが桜を取ってくれたお礼。
 ゲンマだけの桜、なーんてね。」

はくるり、と回って悪戯に笑った。
ゲンマは、捕まえるようにを自分の腕の中へと捕まえた。

「これはオレだけの桜なんだな?」

「ん?うん。そうだよ?」

「じゃあ今日はずっとこのまま、な?」

「えっ?」

意味がわからない、そんな顔をしているに、
今度はゲンマがふっと悪戯に微笑んで、そのまま一緒にソファに座った。

「今日ははオレの桜。
 そういうこと。」

ゲンマの声が耳に柔らかく、温かくかかって、は反射的に肩に力を入れた。
それと同時に、に回されていたゲンマの腕に力が抜けて、耳に息が吹きかかる。

「何やってるの…」

そんなことを言おうと振り返ってみれば、寝息を立てて眠るゲンマがいた。
今さらながらもテーブルを見てみれば、
どうやらが寝室にいる間に飲んだと思われる、いくつものビールの缶が転がっていた。

「待たせちゃってごめんね。」

そうゲンマに言いながら、そっと頬へキスをした。
ゲンマはくすぐったそうに、の唇が触れたところを手で触りながらも
規則正しい寝息を立てていた。





は着物を脱いで、先ほどまで着ていた服へと着替えた。
“ずっとこのまま”なんてゲンマに言われたけど、それじゃ着物がダメになってしまう。

(それにこの桜は、これから毎年、ゲンマが見たいって言えば見れるんだから。)

ねえ?、そう言いながらソファで寝てしまったゲンマへ布団を掛けた。
ゲンマはどんな夢を見ているのか、薄っすら笑顔を浮かべていた。



「さあ、君はどうしよう?」

花瓶の桜を突付きながら、語りかけるようにが言う。

「せっかくの記念だから明日、押し花にしてあげるね。
 それでこれから毎年、同じ季節に思い出してあげる。ね?」

桜はの言葉に答えるように窓から入った風で、体を揺らした。













アトガキ
なんとか花見シーズンに間に合いました。
我愛羅で桜のことを書いたときから、ゲンマも、と思ってました。
桜染めに限らず、染物って結構枝の方を使うみたいです。
かなり前にテレビで、職人さんが桜染めをしてるのを見て、
“枝なのにあんな綺麗な色が出るんだー”と驚いたのを今でも覚えてます。不思議ですよね?

2006.4.1 up




オハナミ*close