家にぽつぽつと明かりが灯りはじめるころ、
我愛羅とは手を繋ぎ歩いている。
いや、それは我愛羅に引っ張られながら、それにがついて行っている、
という方が正しいのだろう。
「どうしたの、我愛羅?」
幾度となく、が問うその声はただ2人の間を通り抜けるだけで、
我愛羅からの返答はない。
思い起こせばつい5分前。
そろそろ夕ごはんの支度でもしようかと思っていた、の家のベルが鳴った。
開けてみれば、そこにいたのは恋人・我愛羅の姿。
“夕ごはん、一緒に食べる?”、というの誘いはあっさり断られた代わりに、
鍵を掛けることすらできないくらいに、我愛羅にいきなり手を引っ張られて、
外へと飛び出した。
「ねえ、我愛羅、聞いてる?」
小高いところにある公園に着き、我愛羅の早いペースに合わせて歩いてきたは、
少し息を上げながら我愛羅に問いかける。
すると先ほどまで前を歩いていた我愛羅がピタリと止まり、
掴んでいたの手を離した。
「どうかしたの?」
「…すまない、に話しておきたいことがあって。」
「話?話ぐらい家でもできるじゃない?」
「いや、今日は真剣に話を聞いて欲しいんだ。」
「…いつもちゃんと話聞いてるよ?」
「そうだが、今日は違うんだ。」
そう言う我愛羅の目が、なにかとても強くて、
は少し恐怖さえ感じた。
それだけじゃない。胸の中でざわざわするような感覚も覚えた。
(なんだろ、この気持ち)
は胸を押さえてみるが、それは納まりそうになかった。
大きく息を吸って、それを吐き出すように息を吐いてもだめだった。
(なんかやだな)
消えるどころか、増えていくその感覚には不安が募っていた。
「。」
少し間を置いてから、そう呼ばれて、は隣にいる我愛羅の顔を見る。
相変わらず、力強い我愛羅のその目には、彼方まで広がる砂隠れの里が映っていた。
「風影に就任することが決まった。」
「えっ?よかったじゃない!おめでとう、我愛羅。」
「ありがとう、。」
が微笑む顔に、我愛羅も少し微笑んで答える。
(そうだったのか)
その一方で、先ほど自分の第6感が捉えたものが何だったのかが
にはわかった。
そう我愛羅が風影になる、ということが表すもの―
そこには“別れ”、しかないのだ。
の父はここ砂隠れで仲間を裏切り、抜け忍となり、
そして暗殺された人物。
母もそれに加担したとして罰せられた。
その2人を両親と持つは、無実とされて今まで生きてはきたが、
世間の風当たりはかなり強かった。
それでも我愛羅と出会い、恋に落ちて、
これまで相思相愛の仲を続けてきた。
しかしそれも、これで終わりなのだ。
(こんな私と風影となる人が一緒にいていいはずないもんね)
幾度となく、目の前で夢を話す我愛羅を見てきた。
“この里で必要とされる存在になりたい”と、
今まで酷い扱いをしてきた人々を恨むことなく、
ただ守ろうとする我愛羅をずっと見てきた。
そのときから感じてはいたが、自分と我愛羅は違うのだ。
我愛羅は風影の子、私は犯罪者の子。
はぐっと奥歯を噛み締めた。
いつか来るとわかっていた別れがこんなにも突然だなんて。
もうちょっとだけ、我愛羅と一緒にいたかったな。
もっと話して、もっと笑って、もっと触れ合って。
神様って意地悪なんだから。
でも我愛羅と出会えたことには感謝している。
そう心の中で思う自分は奥歯だけじゃなく、手にも力が入っていることがわかった。
強く握り締めた手は、関節が白く浮き上がっていた。
「…どうした、?」
の顔を見て、我愛羅が驚いたように声を掛ける。
そのとき初めて、自分の頬に涙が伝っているのに気がついた。
「なんでもないよ。我愛羅の夢が叶ったのが嬉しかっただけ」
振り返った我愛羅にはできるだけの笑顔を見せた。
「…そうか。」
の言葉に我愛羅は不思議そうに答えたが、、
また目の前に広がる砂隠れへと視線を移した。
(きっと別れを切り出すんだろうな。)
そう思うと涙は止まらなくては空を見上げた。
(最後ぐらいは笑顔で、笑ってなきゃ)
ゆっくり呼吸をして、上がりつつある息を整えながら、
すでに出てしまった涙を拭った。
「、もう一つ話し…
「我愛羅?」
我愛羅の話を止めるようにが口を開く。
我愛羅が驚いた顔をしていたが、それでもは何かを覚悟したように続けた。
「我愛羅が話そうとしてること、なんとなくわかる。
私もずっと考えてたことだと思うから。」
「えっ?」
「…これからのことでしょ?大丈夫、私なら。
なんとかやっていけるし、頑張っていくからさ。」
「………何の話…」
「私、わかってたから。我愛羅が風影になるまでって。
きっと私よりふさわしい人がいるから。」
さっき、あれほど止めようとしていた涙はもう溢れかえっていた。
我愛羅にそれが見えないように、は顔を伏せた。
「、お前は何を…?」
「こういう話は長々としたくないから私帰るね。」
じゃあね、そう言って、お前なにか勘違いしていないか?」
そう我愛羅は言うと、掴んでいた右手を自分の方へ引き、
を後ろからそっと抱きしめた。
「、これからもオレと一緒にいてくれ。」
「…えっ。」
「なんとなく今日まできてしまっただろう?
だからいつか始まりを作りたいと思っていたんだ。」
「我愛羅…」
「風影の記念日をとの新しい始まりの日にしたかった。
だからここまでやってこれたんだ。」
我愛羅はに回した腕に力をいれた。
「照れくさいが、オレはなしじゃ生きていけないとさえ思うんだ。
以外にふさわしい人なんてどこにもいるはずがないだろう?」
「ありがとう、我愛羅。」
の目から落ちた涙が、我愛羅の腕を濡らした。
「今の涙は何だ?」
「嬉し涙だよ。」
「今度こそは?」
「うん。」
我愛羅の優しい声が、じーんとの体に響いて、
乾かしてしまっていた心を潤していった。
気づけば空には深い深い青色に変わっていて、
月が地上を照らし、星が輝き始めていた。
「我愛羅?」
「なんだ?」
「そろそろ腕外してくれない?」
「…ダメだ。」
そう言いながら我愛羅はの肩に顔をうずめた。
「風影になる人がこんなところ見られたらどうするの?」
「はこうするのが嫌なのか?」
そう耳元で、息がかかるくらいに聞こえた我愛羅の声に、
の背中がゾクゾクっとなった。
「…なぜが顔を赤くしている?」
「うっ…。」
「帰るぞ。」
どこか楽しそうにそう言いながら、我愛羅はに回した腕を解き、
先ほど来た道を歩き出した。
マイペースな我愛羅に一瞬怒った表情を浮かべたではあったが、
そんな自分が馬鹿らしく感じて、我愛羅と同じように微笑んだ。
先を歩く我愛羅の姿を見ながら、は大きく息を吸い込む。
今、この瞬間を忘れないように、ただそう思いながら。
そして我愛羅の右手を取って、一緒に歩き出した。
ただこの瞬間が続くように、願いを込めて。
アトガキ
移転前に載せていたものに手を加えました。
なんだか疑問点が残ったままになってしまった上に、
我愛羅が自己中心的なキャラになってしまいました。
たぶん、このときの我愛羅はすごく緊張してたのです。愛の告白をするために。
…いいわけですいません。
2006.3.26 再編集・再掲載
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