!?」











勢いよく、カーテンが開かれたかと思えば、その次の瞬間には焦った顔のゲンマが名を呼んだ。



あまりにも突然すぎて、その上、その初めて見るゲンマの表情に驚きながら、はゲンマを見ていた。




「なにやってんだよ?
 チャイム鳴らしても、外から声を掛けても出てこねぇ。
 その上、玄関の鍵は開いてて…何かあったのかと思うだろ?ここは女の一人暮らしの部屋なんだぜ…?」

「ご、ごめんなさい…?」

「…自分がどうして謝ってるかわかってんのかよ?」




そう言ってゲンマは盛大なため息を付いた。
ゲンマの言うとおり、は今、どうして謝ったのかわかっていなかった。
ただ、いつも冷静沈着なゲンマが焦った顔で名を呼んだり、捲くし立てるように話したり姿に申し訳ない気持ちになってつい…、
何かを考える前にその言葉が出ていた気がする。


ボーっとゲンマを見ながらがそんなことを考えていると、ゲンマは仕方なさそうに苦笑いを漏らした。
もその顔を見て、恥ずかしくなって笑う。
そしていつものようにゲンマの大きな手がポンポン、との頭を叩いた。



「…もうちょっとしっかりしろ、ってな。…で、それはなんだよ?」



窓際からのいるベランダに移ったゲンマが、その目の前にあるものを人差し指で指して問う。
はにっこり微笑みながら答えた。


「望遠鏡、だよ。」

「それは見ればわかる。それがどこから、どうしてあるのかって意味だろ?」

「あー…今日は何十年か何百年かに1度しか見られない星が見られるらしくて。
 それで、子どものときに買ってもらった望遠鏡を引っ張り出したんだよ。」


また微笑むに、ゲンマはもう、ため息すら出ない気分になった。
そんなゲンマの様子には、自分とゲンマの温度差を感じて微笑むのを止めた。


「…って星、好きだったか?」


少し困ったような顔をしてゲンマが聞く。
はそのゲンマの声色に何かを説明しようとしているのはわかるが、その何かはよくわからなかった。
だからじっと、質問に答えずにゲンマを見ていた。


「そんな目で見んなって…。…だからな、は星に詳しいのか、って聞いてんだ。」

「詳しくはないけど星は好き、だけど…?」

「で、今日見えるって星はどこに、いつ、どんなふうに見えるんだよ?」

「どこって…西?あ、東だったっけ…?いつって一晩中見えるでしょ?こんなふうに星はいっぱいあるんだから…
 どんなふう…やっぱり綺麗なんじゃない?何十年か何百年かに1度なんだもん!すっごく綺麗なはずだよ!」


一通りゲンマの質問に答えて、ゲンマの顔を見る。
そこには“やっぱりな”、というような渋い顔をしてを見ているゲンマがいた。
その視線に気まずくなって、頭を掻いてみたりするがゲンマの視線からは逃げられない。
は意を決してゲンマに問うた。



「…何が言いたいの?」



その質問にゲンマは軽く目を伏せた。
呆れました、その表情が伝えている。
それがわかっていても、ゲンマの言いたいことがわからないは真っ直ぐゲンマを見つめる。
目を開いたゲンマと目が合って、ゲンマが仕方なさそうに微笑んだ。
それと同じようにも微笑んでみせた。


「…星ってのはずっと同じ場所にあるもんじゃねぇだろ?太陽だって月だって…同じところに止まってるか?
 それに、何十年か何百年かに1度しか見られないって…そんな曖昧にしかわかってなくてどれがその星なのかわかるのかよ?」


落ち着いたトーンで、ゆっくりとゲンマが説明する。
“ゲンマのこういうところ、好きだな”、そんなことを考えたら思わず顔がにやけそうになったが、そんな雰囲気でもないので、
至って真面目に、ただゲンマの目を見てその言葉を聞いていた。


「そんな睨み付けるような顔、すんな。」

「睨んでないよ!真面目に聞いてたの!」

「で、わかったか?」

「わかったよ。じゃあ誰かに聞かなきゃ、星のこと……あっ、そういえば新聞に載ってたっけ!」


ベランダから部屋へ入ってパタパタとスリッパを鳴らして新聞を取りに行く。
そしてまた、パタパタと音を鳴らして新聞片手に、ゲンマのいるベランダに戻ってくる。


「…今から2時間後、西の方角。少し赤いような光を放つ。」


持ってきた新聞をゲンマの目の前で開いて目を通す。
すると、ちょうど目を通している部分に書かれている内容が重なり合うように声になって聞こえてくる。


「…えっ?」


が不思議に思い、顔を上げてみればゲンマがこちらを見ていた。
ゲンマとは今、対面する形にある。
ゲンマからはが読んでいる記事は、がそれを顔の真正面に、ゲンマと自分の間に隔てるようにして読んでいるから見えていない。
それがどういうことか考えていると、ゲンマがニヤリと微笑んだ。


「ゲンマ、知ってたの!?」

「まあな。ちなみに、望遠鏡なんてなくても肉眼で見えるらしいから。」

「えっそうなの!?」


それを聞いては目を見開き、そしてがっくりと項垂れた。


今日の星の話を八百屋のおじさんから聞いてからの半日。
不意に望遠鏡の存在を思い出して、まず押入れの捜索。
そして無事見つかったが埃まみれだったために、掃除。
使い方を忘れていたために説明書の読み直し。
夕方から組み立て出したはずなのに、それが終わったときにはもうすっかり日は暮れていた。

(あーなんだったんだろ、私)

はぁ、とため息を付くと、いきなり体が重くなったような気がした。



「ほら、あと2時間もあんだぞ?飯食って、ゆっくりして星見ねぇか?」


身も心も重くなってしまったにゲンマが声を掛ける。
その顔は先ほどまでの悪戯に微笑むようなものではなく、ただ優しいものであった。


「オレは任務後で腹減ってんだ。だってその望遠鏡で精一杯で腹減ってんじゃねぇか?」

「う、うん…」

「オレも今日は手伝ってやるから夕食にしよう?2時間あるっつってもすぐ過ぎちまうぞ?
 さっさと食事して星の鑑賞、だろ?」


ぐいっとゲンマに腕を引かれて、は俯いていた顔を上げる。
ゲンマはの腕を持ったまま、台所へと歩き始めた。
そんなゲンマに呆気に取られてその顔を見ながらついて行くと、少しだけ首を返したゲンマが、
“本当に腹減ったんだよ”、と少し恥ずかしそうに口にした。
その言葉を理解するまでの間を置いてから、が笑い始める。
ゲンマの耳はほんのり赤くなるのを見つけたときには、の体は先ほど感じていた重さをすっかり忘れていた。



























そこから2人で料理を作って、会話をしながらそれを口にして。


後片付けもゲンマが手伝ってくれたおかげで早く終わり、2人で食後のお茶を楽しむ時間も十分に取ることが出来た。





そして、その珍しい星の見える時間。



その姿を今か今かとベランダに出て、待つ。



今日はその特別な瞬間を多くの人たちが待っているのか、街の光が少なく、
とゲンマのいるこの部屋も、必要最低限の明かりだけを残して後は消してしまっている。




「あっ!」




が響き渡るほどの声を上げて指を指す。
もちろん、その隣にいたゲンマも同じ空を見ているのだから、その星に気付いている。






   儚くも  一つ  他とは異なる光を放つ星






その姿を眺めながら、交わす言葉はなく、ただそれを眺めている。


ゲンマはそっとの顔を見た。

その表情は、これ以上ないくらいに目を輝かせ、そして焼き付けるかのように星に食い入っている。
まるで子どものように、少女のように、そしていつものように何かを見つけると周りが見えなくなるように。
ゲンマはそのの姿が愛しく思えて目を細めると、クスリと小さく笑った。


「何、笑ってるの?」

「いや、あまりにもが熱心だから…」

「だってもう生きてるうちに2度と見られないんだよ?目に焼き付けておきたいじゃない?」

「まあな。」

「…何、興味なさそうな言い方?」


が不満そうな視線をゲンマに向ける。
ゲンマはゆっくりと星へ、視線を向けた。


「幻想的で綺麗な星、だと思うし、特別だとも思う。
 でもそれより奇跡なのは、その星をと一緒に眺めてるってことじゃねぇか。」


“お前はそう思わない?”、そんな表情でゲンマがを見つめる。
カァーっと、の顔はみるみる赤く染まっていった。


ゲンマはまた一つ微笑むとの腰の辺りに腕を回し、そのままぐっと自分の方へ引き寄せる。
そして、と向かい合うようにして、ゆっくりと唇を重ねた。








  空には滅多に見られない星


  地上には広い世界で出会えた2人









その2つの奇跡を確かめ合うように、星は瞬き、とゲンマは互いを感じていた。
 





























アトガキ
七夕企画第一弾、です。
七夕でもなければほとんど星とも関係ない話になっていますが…。
私、星について全く詳しくないため、その点でおかしなところがあるかもしれません。
もしそんなところがあれば、こっそり教えていただけるとありがたいです。

最後をキスで締めるのは…恥ずかしいです…。




2006.7.1 up



重なる夜に*close