―ピピッピピッピピッピピッピピッ………!!




頭上でその体を揺らしながら、盛大になり響く目覚まし時計。


重たい右手を布団から出して、それをなんとか止めればそれだけで、一気に静寂が戻っていくような気がした。


1つ伸びでもしようかと腕を動かそうとすれば、自分の胸元からゴソゴソと、シーツが擦れる音がする。
もちろんそれは自分が発したものではないことが、そこにある温かみでわかった。

掛かっている布団を少し捲って確認すれば、やはりそこにいるのは思ったとおりの人物で。
ゲンマはふと自分の頬が緩んだことに気が付いた。




「おい、
 そろそろ起きる時間だ。」



の体をそっと揺らしながら、まだ寝起きで少し掠れた声を掛ける。
しかしながらの反応はなく、相変わらず規則的な寝息を立てて、気持ちよさそうな寝顔を浮かべている。
その姿があまりにも愛らしくてまた、先ほどよりもさらに微笑んでしまいそうになる自分を抑えながらゲンマはの体を揺らす。


「ほら、目ぇ覚ませ。遅刻すんぞ。」

「…んー、もう…ちょっと…」

「甘えんな。」

「わかってる…よ…でも……もう…ちょっと…」


は重たそうに右だけを少し開いてそうゲンマに請う。
ゲンマが小さくため息をついてみせると、“お願い”、はそう言って、ゲンマの胸の中へ両手と頭をゴソゴソと埋めていった。
そんなを見ながらゲンマはまたため息をついてみせたが、胸の中のはすでに眠りについたらしく、寝息だけが返ってきた。


(あーオレはどうすっかな)


の首元へ自分の左腕を入れ、腕枕をしながらそんなことをまだ寝起きで覚めきってはいない頭で考える。

先ほどの目覚まし時計のおかげで、すっかり目だけは覚めている。
ならばより先に起きて朝食の準備でもしようかとも思うのだが、春の朝。
少し肌寒さの残る外よりもこのベットの温度が名残惜しい。
そしてこのベットの中で眠るの顔を愛でることにも、その温かさにも香りにも後ろ髪が引かれる。

(オレが動いたら起きちまうかもしんねぇしな)

まるでのためといった理由を1つ、思い浮かべての髪を撫でながら少し微笑んでいた。












少し締め損ねたカーテンの隙間から太陽の光が部屋へと注ぎ込んできて、
それが自分たちの足元のあたりに眩しすぎるほどの陽だまりを作っていた。




(晴れか)



その陽だまりを眺めながらゲンマは心の中で呟く。

雨が嫌いというわけではないし、晴れが好きというわけではないが、
目覚めたときに目に映る光景が雨よりは晴れの方が気分がいいだろう。

任務にしても晴れていた方が、視界や足場などに気をとられることもない。

きっと普段の生活も重々しい雲の、冷たい雨が降る中よりはすっきり晴れ上がった中で過ごす方がいいだろう。



(コイツも晴れの方が好きだろうな)



ふっと視線をへと戻して、そう思った。

“雨の日は湿気で髪がまとまらなくて嫌”なんて、前にが話してたことが思い浮かぶ。
何気なくの髪を撫でていた手を止め、その中へゆっくりと自分の指を差し込んでみた。



サラサラと、音を立てることもなく、まるで流れるように指の間から落ちていく髪。


今だけに限らず、いつもこうやってのその性格のように真っ直ぐな髪は指を滑っていく。



たとえそれが、雨の日であっても、とゲンマは思った。

しかし、にしてみれば、雨の日は違うらしい。
雨の湿気を髪が含んで、増えるようにして、そしてたまには纏わり付いてきて、何をしても敵わないのがまた必要以上に苛立つ、と。



 『何でもいいじゃねぇか、の髪なら』



いつかの雨の日の自分の言葉が蘇ってきた。


雨の日に朝から鏡の前でぶつぶつ言いながら髪を梳かしていたに、さりげなく、どちらかと言えば褒め言葉でそう言ったつもりだった。
しかし、はどうとらえたのか、不機嫌になって、その日1日何度も謝ったのを覚えている。

ゲンマはそんなことを思い出しながら、人知れず苦笑いを浮かべた。






「…ゲ…ンマ…」





胸の中から、何かに掻き消されてしまいそうなくらいのの自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
起きたかと思い、その頭に置いていた手を退かして、胸から少しの顔を離して見てみるが、その目はまだしっかり閉じられている。



(寝惚けてんじゃねぇよ…子どもみてぇな顔しやがって)



の顔を見ながらそんなことを思って、1人口端を上げる。


歳は違えど、同じ特別上忍として任務を行うは立派な忍であることはそれを一番近くで見てきた自分がよく知っている。


 厳しい任務を遂行する
 迅速な判断を下す
 どんな状況下でも、立ち向かっていく
 人の上に立つこともできれば、その下で支えることもできる


“惚れた何か”を取り除いて、ただ客観的に見て、それが1人の忍としてのだと認識している。


それでも今は、眠るの顔にはそういうときに見せる、きりりとした顔はどこにもない。


ただそこにいるのは、1人の人間として、1人の女としてのだ。


(ちっせえな)


空いていた右手をの背中に回して、ぎゅっと自分のほうへ寄せてみる。
すっぽりと自分の胸に収まってしまうの体は小さくて、細い。
強く抱きしめてしまえば壊れてしまうのでないか、と思えるほどに。



ゲンマはに回した腕に少し力を入れた。



もしこのまま、が壊れるならば壊さないようにしたいと思う心と

壊れるならば自分が壊したいと思う心が自分の中にある。



あまりにも馬鹿馬鹿しくて、そんな気持ちを絶対口にはしないけれども、
こうしているときにはいつもその2つの気持ちが交差しているのが事実。

それが自分の強さなのか弱さなのか



そうではなくて、きっと人を愛するということなんだとゲンマは思った。






「朝から何考えてるんだろうな、オレは」






ただ胸の中で眠るに言うわけでもなく、呟いた。

ぽつりと発した言葉も、静かな部屋には十分に響き渡って、また自分へ戻ってきたような気がした。



またを抱きしめる形になって、その頭に自分の頬を当てるようにする。
そしてそっと目を閉じた。



自分の体温との体温


互いに生きる温度


相手を包み込んで、自分を包み込んで。



そんなことを感じながらゲンマはに回した腕を解かないように力を込める。























「ちょっと!ゲンマ!!」



胸の中からが呼ぶ声がして、ゆっくりと目を開ける。


(…寝てたんだ、オレ)


先ほど目を閉じたときから今、に呼ばれるまでの記憶がないことでそう確信した。
の方へと視線を向ければ、ぐっすり寝ていたはずの顔がぱっちりと目を開けている。



「ゲンマ、寝ちゃったの!?寝るならアラームしておいてくれないと!」

「ん、悪い…寝るつもりはなかったんだ…」

「のんびりしてる時間ないよ!今、任務の集合時間なんだから!」



ぐっと両手を挙げて伸びをしているゲンマにはベットから出てすぐに準備を始めた。
さすがにゲンマもの言葉に時計で時間を確認しつつ、準備を始めた。



「朝ごはんはなしね!あーなんでもう、同じ任務の日にこうなるかな…。」

「同じ任務だからいいんじゃねぇのか?迷惑掛けるのが少なくて済むってもんだぜ。」

「2人揃って遅刻なんて最悪じゃない。2人して寝坊って…いい大人が。」

「んなこと気にするやつらじゃねぇよ。もっと遅刻する上忍もいるだろうが。」

「人は人、自分は自分でしょ?比べるなら上を見なきゃ。」

「…まあそうだけどな。」



慌しく、2人して部屋の中を駆けずり回りながら、支度をする傍らでそんな会話をしている。
顔をつき合わせて話してはいないが、ゲンマはが既に忍としての彼女になっていることを感じた。

(さっきまであんなにぐっすり寝てたとは思えねぇな)

そう思うが口にすることなく、1人苦笑いする。
そんなゲンマの様子に気付いたが“何?”なんて聞いてきたが、“なんでもねぇ”と答えて忍具の入ったポーチを身に着けた。





、まだか?」


先に準備のできたゲンマが玄関から声を掛ける。


「んー、できた」

ドタドタと音を立てながらが同じく玄関へとやってくる。


「大丈夫か?」

「大丈夫。ゲンマは?」

「大丈夫…あ、1つ。」

「えっ、何?早く!」


靴を履き終わったが顔を上げて、ゲンマを急かす。
ゲンマはそんなの顔を見ながらにっこり微笑んだ。


「おはよう。」

「…はっ?」

「おはようっつってんだろ?」

「お、おはよう…?」

「おう。じゃあ行くぞ。」


そう言ってドアを開けてゲンマが出て行く。
呆気にとられていたもその言葉の意味を理解してか笑顔になって、ゲンマを追いかけるように部屋を出た。
















―2人の部屋には、明るい、あたたかな光が注いでいる

























アトガキ
やっとの思いで出来た、ゲンマ夢です。
手をつけてもう1ヶ月以上になったのですが、どうも行き当たりばったりで文章が書けない状況にこの話で何度もなりました…。
投票でゲンマに多く入っていることもあって、気合いを入れてまとめました。

“風光る”は春の季語です。
知ったときから話を書いてみたくなってやっとできたのが6月…ギリギリセーフということにしておいてください。




2006.6.3 up



カゼヒカル*close