キミニアリガトウ













「ゲンマさん!」


そう屈託ない声を掛けてきたのはオレの恋人・だった。









「どうかしたか?」

本当はの声に笑みが零れてしまいそうで、それでも今は忍としての任務に就いていることを思い出して、
銜えている楊枝をくっと噛み締めるようにして平静を装い、その声に振り返った。



「あの、明日は任務ですか?」

「そうだが…?」

「何時ごろ終わりますか?」

「早くて夜。もしかすると日が変わるころかもしれない。」

「そうですか…。じゃあ任務頑張ってくださいね!」


少し俯いたと思えば、打って変わるような笑顔でがオレの顔を見上げる。
その表情に、少しだけ口端を持ち上げて、“もな”、と言ってその場を別れた。












就いていた任務が完了し、待機だったがまだいるかもしれないと思い、オレは待機所へと足を運んだ。



しかし、がいつも座っている場所にも、ぐるっと見回したその部屋の中にもの姿はなく。

その時刻からしてすでに帰ったことを悟ったオレは、ドアの方へへと踵を返そうとしたときに
トンと左肩に手を置かれるのを感じた。



「なんですか?」

置かれた手の方へと視線を動かせば、そこにいるのは銀髪上忍。

相変わらずの飄々としたその見た目に、肩に置かれた手の重さが合わさって思わず眉間に力が入りそうになった。

「いや、別に。ただちゃんのこと、それでいいのかなって。」

見た目と同様に、ただ淡々と発せられているのに、その置かれた手の重さに似た、その言葉に今度ばかりは眉間に皺を寄せる。
すべてのことを悟っているというような、カカシの視線が鬱陶しくてどうにか逸らしたかったが、
それをどうにもできない自分にまた、より一層、眉間の皺を深くした。

「そう苛立つなよ。
 …ただ、オレはゲンマがそのままならちゃんをもらっちゃうよ?」

「何言ってるんですか…」

「オレ、結構本気だよ?」

乾いたような笑みを浮かべて答えたゲンマに、言葉を返して投げかけられるカカシの視線はその言葉の意味をしっかり裏付けしていた。
ゲンマはそれを認めたくなくて、自分からその視線を外した。

「まあでもそんなことをしてもちゃんは喜ばないしね。
 今はとりあえず様子を見ておくよ。」

軽くため息混じりに、苦笑いを薄っすら浮かべてカカシがそう言う。
肩に置かれていた手もそっと下ろされて、カカシは待機所の方へと体を戻し、ゆっくりと踏み出した。




「…何かあったんですか?」

そのカカシの言葉の裏が気になって、カカシを引き止めるようにその背中に声を投げかける。
カカシはぴたりと足を止めて振り返らずにそっと口を開いた。

「なんてことはないよ。
 ただ、“神様は私の望みばかり叶えてくれるものじゃないから”なんて言ってたかな。」

「えっ?」

「オレが聞いたのはそれだけだよ。ちゃんはそれ以上何も言ってない。
 聞いたところでも話さないだろうから聞きもしなかった。」

「…」

「何か思い当たるんデショ?ならさっさと行ってあげれば?
 本当ならオレが行ってあげたいけど何の意味もないだろうから…」

カカシがそう発したときにはその相手の姿は既になく、その言葉は宙に舞った。


「…これはちゃんのためだからね。」

決してゲンマを助けたわけじゃない、それを確かめるようにカカシは小さく呟いて口元にきゅっと力を入れた。
そして天井を見上げて一つ、ため息をつくとポケットに手を入れ、ソファへと腰を下ろした。
















 わかってはいたんだ

 どうしてがそんなことを聞いたのか

 そんな表情を一瞬見せたのか




待機所を出たゲンマはただ、その先を急いでいた。


日中は心地よいほどの暖かい風を運ぶこの季節も、夜になれば肌寒いとさえ感じる。
風を切って走っていれば尚更にその寒さを感じるが、今のゲンマは全く気にならなかった。
むしろ、その心の内が熱くてたまらないとさえ感じる。


「…チッ。」


先ほどのカカシとのやり取りを思い出して、ゲンマは思わず舌打ちをした。

ただ今は腹が立って仕方がない。煮えくり返って熱くて仕方がない。
それはカカシに向けてのものではなくて、ただ自分に。

わかっていたことを突きつけられて、苛立つことしかできない自分が情けなかった。


―明日はの誕生日だもんな


そう心の中で再確認すると、ゲンマは銜えていた楊枝を噛み締めた。


知ってはいたのに、あのときに何も言ってやれなかった。
任務中だから、公私混同はしたくないから、そう思って口にはできなかったが、
明日が愛する人がこの世に生を受けた日だと十分に知っていた。



―オレは何をしているのだろう

何を守ろうとしているのか

その答えの先にはがいるのに、任務だからと思って何も声を掛けられずにいて。
任務があるから一緒にいられないとわかっているのに何もしてやれなくて。


ただ手を、その節が浮き上がるほどに力強く握ることしかできなかった。














無我夢中で着いた先―そこはの住む家。


急いできたために上がった息を、ふぅと整えるとそのドアを叩いた。




「どなたですか?」

暫くして、ドアの向こうで小さく訊ねる声が聞こえる。

。オレだ。ゲンマだ。」

そうなぜか小さい声でオレが言えば、がちゃりと音を立ててそのドアが開いた。



「…どうしたの?」

入って?、そう驚いた顔をしたに言われた通りに中へ入り、後ろ手でドアを閉める。
それと同時に、背を向けていたに腕を回して抱き寄せた。

「えっ!?何!?どうかした!?」

そうが全身に力を込めて驚いた声を発したときに、そう言えばこんなことをしたのは初めてだったと気がついた。

―何やってんだ、オレは

思わずしてしまっていたその行動に自分でも驚いていて、回した腕を解こうかとも思った。
しかし、腕の中にあるぬくもりとほんわりとした感触が心地よくて、ただ手放すのが勿体無くてそのままの背を自分へと引き寄せていた。



「すまなかった。」

「へっ?」

「すまなかった。誕生日だと知っているのに何もできなくて。
 任務だから、それだけで片付けちまって。」

「…」

「本当にすまない。」


そう言って、ぎゅっと、に回した腕に力を込めた。







ちょうどそのとき、ガラスのように透き通ったオルゴール音が部屋に鳴り響いた。







「…ゲンマ?」

「ん?」

「プレゼント、ありがとう。」

「…オレは何もやってねぇ。」

「もらったよ。」

そう言うの横顔は今まで見てきた中で、1番の綺麗な笑顔だった。
しかしながら、全く見に覚えのないプレゼントの礼を言われているゲンマはただその意味がわからず、
言葉を発することができなかった。


「さっきの音は時計の音だよ。日付が変わる知らせ。
 誕生日を迎える瞬間が愛する人の腕の中なんて素敵なプレゼントだよ。」

素敵な演出、冗談とも本気とも取れるようにそう付け加えて、が微笑んだ。
その言葉に、“やられた”、そんな気もしたが、本当に嬉しそうに微笑むを見てゲンマもつられる様に微笑んだ。


「ねぇ、言って?」

が少し振り返って、強請るような声でゲンマの目をじっと見上げながら言った。
ゲンマはに回した腕に、また力を込めて自分の体にしっかりとくっつけながらゲンマは口をゆっくりと開いた。




「誕生日、おめでとう。それと、ありがとう。」





そうゲンマが言うと、は体を返してゲンマの胸へ顔を付け、くるりと背中に腕を回した。
回された腕には、ぎゅっと力が込められていく。


「ありがとう、ゲンマ。でもその“ありがとう”って何?」

「ん、色々。」

「そっか。」


少しクスクスと笑うの声が胸の中からして、ゲンマも同じように笑った。




「今度、ちゃんとしたプレゼント、用意するから。」

「別にいいよ。ただこれから毎年こうしていられたらいい。」

「そんなもん、当たり前だろうが。」


そんな会話をしてまた、顔を合わせて2人して笑いあった。




誕生日はまだ始まったばかり

















 生まれてきてくれてありがとう

 出会ってくれてありがとう

 一緒にいてくれてありがとう

 たまに困らせてくれてありがとう

 ケンカして仲直りしてくれてありがとう

 
 たくさんの笑顔をくれてありがとう

 

 

―ただ君の誕生日には“おめでとう”と数え切れない“ありがとう”を伝えたい

 これから何年先も




  『、おめでとう。そしてありがとう。』





















アトガキ
相互リンクして頂いている「時のメロディー」の水月さんへの誕生日プレゼントとして捧げたものです。
私の誕生日にあまりにも素敵な誕生日夢を頂いたので、そのお返しとして書いたのですが遅くなった上に、大変中途半端な話で申し訳ないです。
できればもっと甘い物を書きたかったのですが…。また何かの機会にリベンジしたいです。
水月さん、本当に誕生日おめでとうございました!これからもよろしくお願い致します。


2006.5.12 up




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