青葉の木の下でうたたねを


















ドサっと音を立てて、手に持っていた書物を下へ置くと、その隣に腰を下ろす。
そして、頭の後ろで手を組むようにして、そのまま背後にある木にもたれかかった。


―隣にある書物


それが今の任務を物語っている。
その量や忙しさに文句を言うつもりも、悲鳴を上げるつもりもない。
これだけしなければいけないことがあるということは、それだけこの里の忍として
必要とされていることと比例しているのだから、むしろ喜ぶべき、なのだと思う。

しかしながら、山となっているこの書物。

今すぐに片付けなければならないのならば、すぐにでも取りかかろうと思うが、
今回は少々、片付けるには長い時間を頂けた。
きっと、ここのところ、いろいろと立て込んでいたことのせめてもの労いなのであろう。
そんな優しさがあるならはっきりとした休みがほしい、と思いながらゲンマはただ苦笑いを浮かべた。




ふと見上げる、木。




つい先日まで、綺麗な薄紅色の花をつけていたそれは、すっかり模様替えされている。
ざわざわ、と風が吹くたびに青々とした葉を揺らす。
運ばれてくる香りも、ふんわりとしたものから、すっきりとしたさわやかなものへと変わっていた。


「ふぅ…」


頭の後ろで組んでいた手をだらり、と下ろし、頭をゆっくりと木へつける。
葉と葉の合間から時折差し込む太陽の光に、目を細めていく。


 頬を掠め吹くそよ風
 鼻を掠める草木の匂い
 木が作り出す陰


この季節特有の心地よさにすーっと眠りに襲われていく。


―どうせならちょっと寝るか…


任務を先に終わらせていないことが頭を過ぎったが、今ある、この感覚を失うのは勿体無く思える。
ゲンマは、スーッと息を付くとそのまま眠りに落ちていった。











「あーやっといた…」











小高い丘の斜面を登ってきたは、少し息を切らせながらゲンマの前に立つ。
はぁはぁ、と肩で呼吸をして、乱れたそれを整えながら、ふっと伏せていた顔を上げ、ゲンマに笑顔を向ける。


「ゲンマ、探したんだ…よ?」


そう言いながら、ゲンマの顔をまじまじと見る。


規則正しく、胸と肩で呼吸しながら目を閉じる姿。
その傍らにはたくさんの書物が積まれている。
“ゲンマらしくない”、この明らかにサボっていると言える状態には驚いて言葉が出なくなってしまった。

それだけじゃない。

木の陰で、木に身を任せながらゲンマの寝る姿が、あまりにも絵になりすぎていて見惚れてしまっているのも事実。
もうどれだけも見てきたゲンマの顔ではあるが、改めてその端整さに息を呑んでしまうと、
見ているこっちが赤面してしまいそうになるほどである。


「最近、お疲れだったもんね。」


“知ってるよ”、そう付け加えながらそのままゲンマの隣へ腰を下ろす。

ここのところ、なんだかんだで任務に追われていたゲンマ。
近くにいるがそれを知らないはずもなく。
だから今日は、こうして手作り弁当なんて差し入れに持ってきたのだけれども―

―これじゃ、食べてもらえないね

ゲンマの顔を覗き込むと、はふふっと思わず微笑む。
こうして隣にいてもいっこうに起きる気配のないことに、逆に不安にもなるがそれも今隣にいるのは自分。
“まあ今だけはいいか”、と自分の中で1人納得すると今度、気に掛かるのは銜えられている楊枝。
1人、悪戯する前の子どものような顔をすると、はそれへ手を伸ばしていった。


「これは危ないからねー。」


やんわり、と楊枝に手をかけるとゆっくりその手に力を込める。
ゲンマを起こさないように、自分の息を止めながら抜こうとすれば、意外にもゆるゆると口からそれが抜ける。
“ふぅ”、とその想像よりも簡単に抜けてしまった楊枝に止めていた息を吐く。


「…んっ……」


ゲンマがそう息を漏らすのに、が動作を止めてその様子を窺う。
さすがにいつも銜えている楊枝がなくなれば起きるかも、と息を潜めながらゲンマを見ていれば、
ゲンマは少し口をもごもごさせる。
は一気に早まる心臓を落ち着かせようとしながら、その様子をただ窺っていた。


…が、しかし、一瞬目の辺りが動いたかと思えば、次に聞こえてきたのは規則正しい寝息。
は少し残念に思う気持ちに肩を落としながらも、その反面でゲンマの秘密を握ったような気分に顔をにやけさせる。


ちょっとした悪戯に満足したはゲンマと同じように木に背中を預けながら、そこから上を見る。

風が少し吹くたびになびく、その葉を見ているとすごく癒された気持ちになってくる。
そして、その葉のなびきに時折差し込む日差しに目を細めた。


―あ、ゲンマもこんな感じだったのかな


ふとそんなことが頭に浮かぶ。


こんな気持ちのよい環境、思わず眠りについてしまっても仕方がない、と思った。
むしろ、その眠りに勝てる人なんてきっといないだろう、とも。

は細めていた目をそのまま閉じると、ちょうどよい高さにあるゲンマの肩へ頭を置いた。
その、男らしい、忍らしい、ゲンマの肩は硬くて少し痛いが、でもやはりゲンマの肩。
それだけで安心できるその場所には微笑むと、そのまま眠りに落ちていった。













「…んー……」










そんな声をあげて、ゆっくりとゲンマが目を開ける。
ふー、っと大きく深呼吸をするとその右肩に重さと温かさを感じる。

ふと、それを確かめるように首を捻ればそこには気持ちよさそうに眠るの顔。
それに驚いて、一瞬目を見開く。
探るようにその人物を観察すれば、その膝に置いてある紙袋が目に入った。

そっと、を起こさないように遠まわしのようになるが左手でそれを自分の下へ持ってくる。
ゆっくりとした動作でやっとの思いで膝に置くと、音を立てないようにそれを開く。


「…弁当?」


ちょこん、とそこにある小箱。
そして、ふわっと漂う匂い。

その隣にある、紙切れ。

それにゲンマが手を伸ばして開けば、見慣れた字が並んでいる。


 『忙しくても、疲れていても、ごはんだけはしっかり食べてね』


思わず、微笑んでしまう。

らしい考えと、見透かされていたゲンマの行動。
忙しいことと疲れとで、しっかりした食事は取っていなかった。
それでもなんとなってしまう体のシステム。
きっとはそれを心配してくれたのだろう。

スースー、と寝息を立てているに小さく、“ありがとう”と伝えるとまた、微笑んでしまった。

―その手に握り締められている、楊枝

“そういえばどこか口寂しい気がした”、などと今になって気付く自分がいる。
もうすっかりにやられてしまっていることに笑いがこみ上げてくる。
のペースになっていることに悔しいなんて気持ちは全く沸いてくる気配すらない。
むしろ、嬉しいやら楽しいやら、そんな気持ちでいっぱいになっていた。


「どうせならこれも取っちまうか…」


頭に巻いている額宛に手をかけ、それを解く。
スッ、と音を立ててそれを外せば、心地よい開放感に包まれる。


「サボるならとことん、ってな」


左手で額宛を握り締めると、右手をの肩に回す。
ぐっと抱き寄せて、その額にキスを一つすると、ゲンマはまた眠りについた。



















―今だけは任務も何も忘れて 2人 木に身を任せて眠る そんな一休みを

































アトガキ
2つ目のお題を消化、web拍手未公開の話です。
これでなんとか、これからは順番に消化していけそうです。

ゲンマさんってうたたねが似合う気がします。
ただその姿を人にはあまり見せないような…





2006.7.20 up



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