目を眇めたのは眩い太陽のせいじゃない

















「…スイカ?」


「あぁ。」


「大きいね。」


「あぁ。」






まるで父親の持って帰ってきた手土産を興味津々に、且つ、嬉しそうに見る子どものように
目を輝かせながらが手に持っているスイカを眺めている。


家に帰る途中、差し掛かった店の前に並べられていた夏の風物詩。


“あーもうこの季節か”、なんて横目で見ていたつもりがいつの間にかそれの前で足を止めていて。
その次の瞬間には手に取っていた。

―たまには土産ってのもいいだろ

なんて思いながら。



の驚く顔を想像しながら意気揚々と、でもそれは心の内に押さえ込んで、
いつもと変わらぬ顔でそのスイカを目の前に出せば想像以上に喜んでいるがいる。

これ以上の満足なんてない。

“嬉しい”とか、“ありがとう”とか、そんなことを言葉に変えなくても伝わってくる。
それに応えるかのように頬を緩ませれば、もニッコリと微笑んでいた。





「…あ。」





スイカをに渡して、ソファに腰を掛けていれば背後の台所の方から気の抜けた声が聞こえてくる。
声に反応して、首だけを返しての様子を見てみれば、冷蔵庫を開け、スイカを持ったまま突っ立っているのがわかった。


「どうかしたか?」

「…入らない…」


明らかに“困っている”という声でが答える。
手を動かすこともせず、振り返ることもせず、ただは冷蔵庫の前に立っている。
その様子を見ていても動く気配もない。
ゲンマは不思議に思いながら、まだ腰を下ろしたばかりのソファから名残惜しそうにゆっくりと腰を上げた。





「あーこれじゃ無理だな…」





思わず苦笑いをゲンマが浮かべれば、も同じような顔をしている。

それもの言葉が一目瞭然。

冷蔵庫にはパンパン、とまではいかなくても調理されたもの、これからされる食材が入っていて、
とてもじゃないがこのスイカを入れるスペースはない。
いつもがきっちりと冷蔵庫の管理をしているだけあって捨てられるものもなければ、
押し詰めてどうにかなるような、そんな状況でもなく。



とりあえず冷蔵庫を閉め、スイカをテーブルの上に置いて2人して眺めてみる。

“土産”もある程度の計画性が必要だな、とゲンマは少し心の中で反省をしていた。


「…やっぱりスイカは冷やして食べるものだと思う。」

「あぁ。そうだな。」

「でも切り分けて冷やすのはなんだか勿体無いと思う。」

「…あぁ。」


真剣に話すに思わず笑いそうにもなるが、そんな空気でもなく。
顎に手を当ててまで考えているその姿はその真剣さを物語っている。
“スイカが冷蔵庫に入らない”、そんなことでここまで真剣に悩むはある意味、微笑ましくもあるが
ここで笑ってしまえばきっとそれを壊してしまう。
ゲンマはいろいろと考えながらもスイカ越しにを見ていた。


「ゲンマ!たらい!」

「…あ?」

「たらい、外に持ってきて!」


そう言うなり、はスイカを抱えて外へと出て行く。
その様子に、大方予想のついたゲンマはそれを口にしようとしたが既にの姿はない。
ゲンマは微笑みながら、たらいのある物置へと足を向けた。










「なかなか夏っぽくていい絵だね。」








が満足そうに目を細めてそう口にする。


目の前には、水がちょろちょろを注がれている、たらいの中でスイカが浮いている。
まだ日差しの強い時間帯ではあったが、ちょうどたらいの置いてある場所は家の陰になっていて
なんとも涼しげな光景であった。


「しっかし暑いな。」

「暑いねー。」


たらいを用意して、水を張り、スイカを冷やすというだけの作業。
それでも額に汗が滲み出てきて、それが顔の側面を伝っていく。
見上げれば、太陽がこちらをジリリ、と照り続けている。


「スイカにでもなりてぇもんだな。」


顔を見上げていた空からまた、たらいの中のスイカへと移す。
陰にいながら、次から次に出てくる水を独り占めしているそれがあまりにも気持ちよさそうに思えて、
冗談交じりでそんなことを言ってみる。

がクスリ、と笑っているのがわかって、ゲンマもそれを同じように微笑んだ。


「…あ、じゃあこうすればいいじゃない。」


微笑んでいた顔がひらめいたという顔に変わると、徐にが屈む。
たらいに手をつけたかと思えば、それを思い切ってゲンマに向けて振った。


「…冷てっ!」


の手から放たれた水がゲンマの顔へと飛ぶ。
瞬間的に手をかざして、避けようとしたものの、避け切れなかったものがゲンマの顔へとかかった。


「ほらスイカの気分。」


そう言ってがまたビシャビシャ、と音を立てながらたらいからゲンマへと水をかけていく。
ゲンマは腕で顔を隠しながら後ろに下がり、なんとかそれが届かないところに移る。
着ているシャツの袖で飛んできた水を拭うと、ゲンマはを見据えた。


「何やってんだよ?」

「ゲンマがスイカになりたいって言ったんでしょ?」


悪戯をする子どものような笑みをが浮かべる。
いきなりの攻撃に、少し不機嫌そうな顔を浮かべていたゲンマもため息を一つ吐くと、苦笑いをするしかなかった。


「…でもさ、気持ちいいじゃない。」


“ほら”、そう言いながらがピシャピシャと音を立てて水で遊ぶ。
先ほどゲンマに向けてやっていたようにではなく、手で軽く水をすくいあげてそれを空に飛ばす。


―その光景にゲンマは思わず息を呑んだ。


 太陽を背にして立つと、

 太陽に照らされてキラキラと舞う水しぶきと、

 それを見上げて眩しそうに微笑む


一瞬でその光景に引き込まれると同時に、目を眇めた。
キャッキャッ、と楽しそうなの声が耳にこそ入ってはくるが、それも右から左へ通り抜けるだけ。

ただの姿が眩しいほどに綺麗で、ゲンマは目も心も奪われていた。




「!」




頬に冷たい感覚が触れる。

それにゲンマがはっとした表情を浮かべると、がまたゲンマに向かって水をかけている。


「何ボーっとしてるの?この暑さにやられちゃったのかと思うでしょ?」


始めこそ不思議そうな顔を浮かべていたも、最後にはニッコリと微笑んでまた水をすくった手を
ゲンマに向けて振っている。
先ほどまでのやけに絵になっていたではなく、子どものようにはしゃぐがそこにいた。


「スイカの気持ちー!」


満面の笑みで、自分にも水がかかっていることにも構うことなく、バシャバシャと豪快に音を立てて水を弾く。
みるみるうちに、ゲンマの顔や髪、シャツ、のそれらを水が伝っていく。
立ち尽くしていたゲンマも、今さら水を避けたところで取り返しが付かない状態になっている自分を一瞥すると、
仕方ないといった表情を浮かべるしかなかった。

絶え間なく、楽しそうに水で遊ぶ

手だけでは物足りなくなったのか、スイカの入っているたらいに両足を入れて、足で水しぶきを上げている。
ただその様子を眺めていたゲンマであったが、ニヤリ、と一つ微笑むとにゆっくりと近づいた。



「…、覚悟しろよ?」



の耳元で、低く、ゆっくりとゲンマが囁く。

水遊びに夢中になっていてゲンマに近づいたことにも気付いていなかったは、その声に背をゾクッとさせると、
上下させていた足を止めてゲンマの顔を見上げた。


「…え?」


そうが言うより早く、ゲンマがたらいからへと水を掛ける。




「ちょ、ちょっとやめて…!」

「さっきまで散々人にやっておいてそれか?」

「ごめんっ!ごめんなさい…!」

「…それだけじゃあ許さねぇぜ?」

「うぅ…じゃあ私もこうする!」



たらいの水をゲンマが手で、が足で音を立ててすくい上げていく。

その勢いでたらいに入っているスイカはくるくると回り出しているが、
そんなことにゲンマもも気付くはずもなく。
ただ2人して、子どものようにずぶ濡れになりながら水遊びをしている。




ゲンマと、2人の笑い声は、キラキラと輝く水しぶきと一緒に空へと舞い上がっていく。


互いに目を眇めながら夏の日は過ぎていった―































アトガキ
少々長くなってしまいましたが、内容としては薄いです。(苦笑)
ゲンマは飄々としてて、冷静沈着に見えるけれども意外と感情の起伏があるといい、
なんて思います。
バカップル、とまではいかなくとも、いつもと2人でいるときの顔は違うといいです。






2006.8.2 up



目を眇めたのは眩い太陽のせいじゃない*close