海辺で君とロマンチック



















  ザザーッ、と打ち寄せる波の音




  それだけしか聞こえてこない海辺




  砂浜に腰を下ろしている2人























「・・・なんでまた、こんなところに?」




ため息混じりにゲンマがそう呟けば、それとは正反対の表情を浮かべたは何も答えず。
それにまた、ゲンマが眉間に皺を寄せ、盛大なため息をつく。
そうしてみてもやはりは口を開かずに、目の前に広がる海をただ眺めているばかりであった。




“行きたいところがあるんだけど…?”




ツーマンセルを組んだ任務が予定より大幅に早く終わったときに、そうが口にした。
それに何か言おうとゲンマが振り返れば、すでにの足は動いていて、とりあえずその背中を追いかけた。
ここに着くまでの間も何度かどこに行くのか問うたものの、は何度も同じようににっこりと笑顔を浮かべるだけ。
まるで、“いいところに連れてってあげる”とも、“着くまでは黙ってろ”とも受け取ることのできるそれに、
ゲンマはため息をつき、眉間に皺を寄せながらも、それに文句や反論を言えない自分がいた。



―なんでまた海…?



幸か不幸か、見える範囲のこの海岸に人影はない。

それもそうだろう。

きっとついこの間までは、親子連れやら恋人同士、友達同士、そんな人たちでいっぱいだっただろうけれども、
少し季節のずれ始めた夏の終わり、しかも日も暮れかかる時間帯に好んでくる人なんてそうはいない。
引切り無しに人が訪れ、声を上げ、笑いあったことが近い過去から伝わってくるようなこの場所に
が行きたかった、それはどういうことなのだろう?
そんな疑問が絶え間なく胸の中にあって消えることはない。
しかしながらその疑問を口にしても、答えを知る人物は何も教えず。

ゲンマはあれこれ考えてみたものの、出口が見えず、もやもやした心に一つ、息をついて肩の力を抜くと、
そのまま砂浜の上に寝転がった。


「…もうちょっとだから起きててよ?」


頭の後ろに手を組んで、目を瞑ろうとした瞬間にの声が掛かる。
少し上体を起こしての方を見れば、その視線は真っ直ぐ海に向けられたままであった。


「…どうして?」


ゲンマは明らかに不機嫌そうに言葉を発するが、それに対するの返事はやはりない。

腑に落ちないがとりあえずまた座りなおして、もやもやした気持ちを晴らすかのように頭に巻いていた額宛を外す。
それと同時に、ちょうど吹いてきた潮の香りのする風がゲンマの髪を靡いた。


「気持ちいいね。」

「そうだな。」


同じようにの髪もさらさらと靡く。
つい先日まで、そう、ここに多くの人が訪れていたときにはまだ熱を持っていた風も日に日にその熱を失い、
今ではちょうど気持ちのよいほどの温度になっている。
頬を掠めるそれに、は目を少し細めながら本当に気持ちよさそうな表情を浮かべていた。


―そう言えば…こんなゆったりした時間を2人で過ごしたのは、何時が最後だっただろう?


そんな疑問がふいに頭に思い浮かぶ。

互いに忍という身。
ある程度の予定と余暇は与えられるが、1度里を出てしまえば1ヶ月帰ってこないということもよくある話。
すれ違えばとことんすれ違ってしまうし、合わせようとしても合わすことのできない関係だ。
それをいまさらどうこう言うつもりもするつもりもなんて微塵もないが、こうやって2人で肩を並べているのは
どれくらい久しぶりのものなのだろう。
そう思い浮かべて、記憶を辿り、指折り数えてみないとわからないくらいなのだか、もう相当前のことであることがわかる。




「ゲンマ、見て、あれ。」



そのの言葉にはっとして、いつの間にか伏せるまではいかないにも下がっていた視線をに向ける。
ふんわり、と顔が赤く染まったが右手の人差し指で真っ直ぐ海の方を指していた。


「…あれが理由。」


そう微笑むに、その指差す方へ視線を移す。


そこには、大きく傾いた太陽があった。


砂浜に座ってみているからか、まるで海に落ちていくかのように見える。
その体を半分、とまではいかないが4分の1ほどが海で隠れていて、そしてそれが放つ光で海面も赤く染まっている。
絶え間なく波を打っている海面だからこそ、それをキラキラと反射させていて、なんとも趣のある光景がそこに広がっていた。


「これがか?」

「うん。」


大きく首を縦に振りながらはそう言うと微笑む。
その表情は、どこか恥ずかしそうでもあるが、すごく満足そうな顔をしていた。

ゲンマはまた目の前の光景へと視線を移す。
そして、ゆっくりと頬を緩めると、手に持っていた額宛をぎゅっと握り締めた。


「…いけなかった、こんな理由じゃ?」

「ん?」

「…綺麗なものをゲンマと一緒に見たかった。それだけじゃダメだったかなーって。」


始めに問うたときよりも声を張ってがそう口にする。
冗談めいているようでも、太陽のせいじゃなく顔を赤に染めているのがわかると、ゲンマは笑うしかなかった。
その笑いは始めはクスクス、と小さかったものの、だんだんと声を上げ、次第にはお腹を押さえるほどになって、
ゲンマの笑い声が2人以外誰もいない海岸に響くようであった。


「な、何が面白いの…!?」


がそう聞いてもゲンマは答えず、ただ笑うのみ。
それが余計に気に触るのか、は口を真一文字に結んで、明らかに不満そうな顔を浮かべている。
顔だけじゃなく首までも赤く染める勢いのにゲンマは呼吸を整えると、優しく微笑んでの肩に手を回した。


「…ったく…」


回した手に力を込めれば簡単にが引き寄せられる。
そしてそのまま胸の中にを寄せると、ゲンマはゆっくりと口を開いた。


「あんまり可愛いことしてくれるからびっくりするじゃねぇか。」

「えっ?」

「…どこに行くかと思えば、こんな海辺で太陽が沈むところ見せられて。
 それでもって一緒に綺麗なものを見たかった、なんて言われたらオレはどうしたらいい?」


そう微笑みながらゲンマが言うと、その胸の中にいるの体に力が入るのがわかった。

きっとゲンマの言葉に驚いているのだろう。
にしてみれば、きっとただゲンマとこの光景を見たかっただけだったに違いない、とゲンマはわかっていながらも
それでも先ほどのようなことが言いたくなったのだ。
半分は仕返しに似た“からかい”と、その一方は本当の気持ちから。

ゲンマはに聞こえないぐらいの声でクスリ、と笑うと、の耳に口を寄せて、“ありがとう”、その言葉だけを呟くと、
額にそっと唇を寄せた。

















見る見ると海の中に沈んでいく太陽に真っ赤に染められながら、ただその行方を見送る。








傍から見たら、目を伏せたくなるくらいロマンチックすぎるこの光景も今だけはただ愛しくて



できることなら、このときばかりはゆっくりと時を刻んで欲しいと思っていた



























アトガキ
今回は忍設定です。
どうも海辺、というのが難しかったですー…
自分自身海にあまり馴染みがないものでして、ほとんど海に行ったことがありません。
ので完全なる私のイメージする、海辺でのロマンチック、です。






2006.9.1 up



海辺で君とロマンチック*close