はじめて間近で彼を見かけたのは、公園のベンチ。
太陽も山の向こうに消え往きかけて、空が淡い朱色に染まる。
風に揺られてサヤサヤと鳴る葉擦れの音は、まるで子守唄。
私はこんな風にまどろみに身を任せながらゆったり眠るのが好き。
夕方の少しばかり涼しい時間に、ここでゆったりすごすのが好き。
しょっちゅうここに来て眠っていたので、いつの日か身体に誰かの上着がかけられていたこともあった。
今日もまた、心地の良い風が頬を撫でるのに身を任せて目を閉じ、もうすぐ寝入りそうになっている時だった。
「そんなとこで寝ると風邪ひくよ。」
私はここ最近、夜は寝苦しくてあまりよく寝れていなかった。
だからこそ、誰かが心配して声をかけてくれたのだと理解は出来るが、邪魔されたのは少し苦痛だった。
折角、穏やかな気持ちで寝れそうだったのに。
そんな風に思いながら重いまぶたをなんとか上げると、風に揺れる銀の光が目に飛び込んだ。
片目を額当て覆っているが、唯一見える片方の瞳はとても澄んでいて、口元が口布で覆われては
いるが、その造形はとても整っていて、すべて取りはらってしまえば相当の美形であることが伺える。
「どちら様…?」
私が思わずそう問いかけると、相手は呆気に取られたような顔をした。
とは言っても、片目だけなので表情はよくわからず、そんな感じの雰囲気だと思っただけなのだけど。
格好からすると、ベストを着ているから中忍以上の忍なのはわかる。私の質問に驚くということは、
結構顔が知られている人なのだろう。私は忍じゃないし、忍の里に住んでるくせにソッチに関しても無知だから、
顔なんてわからない。
もしかして気を悪くさせてしまっただろうか。
相手を心配そうに伺うと、彼は私の不安気な様子に気づいたのかそっと口元が弧を描いた。
「俺のこと知らないのか。俺もまだまだだね。」
「すみません…。無知なもので。」
もし顔を知っていたなら、こんなに綺麗な造形の顔や上等の絹糸のような銀の髪を忘れるはずがない。
彼は冗談めかしてそう言うと、わざとらしく気落ちしたかのように肩を落とした。
私は彼のことを知らなかった心苦しさから、それをまるで皮肉のようにうけとってしまい、
少し気まずくなってしまった。
いや…今思えば、少し皮肉もまじえていたのかもしれない。
「じゃあ、次に会うときまでの宿題。」
彼は私の鼻の頭を人差し指でポンッと軽く跳ねるように叩くと、その指をまるで口紅を塗るみたいに
私の唇に沿わせた。
今までそれほど男性と親しい関係になったこともないし、そんなことをされたこともないので、私の心臓が
激しい振動を起こした。
みるみるうちに顔が熱を帯びていく。
「お……可愛い反応。顔、真っ赤だよ。」
「貴方がそういうことするからでしょう!!」
からかわれたことにむきになって怒ると、彼はなだめすかすように私の肩を両手でぽんぽんと叩き、
可笑しそうに笑った。
彼は女性の扱いに慣れているんだろう。冗談めかして場を盛り上げ、相手の不安をとりのぞくのも得意で。
彼の冗談を本気にとってしまう女性もさぞ多いことだろう。私も思わず流されてしまいそうになったし。
「冗談はさておき、そろそろ暗いし帰った方がいいよ。」
「そうですね、そうします。ところで、宿題って…。」
「ああ、君、たいていここに居るでしょ?また来るからその時に答えくれればいいよ。」
「わかりました。おやすみなさい。」
そう言って会釈し、踵を返してしまってから気づいた。
なんで『たいていここに居る』って知ってるの?
慌てて振り向くと、彼は顔をほころばせて笑ってこう言った。
「この前の服、今度返してね。ちゃん。」
その瞬間、恋に落ちた