公園に着けば、それなりに人が集まっていて、すでに清掃は始まっていた。


集まっている人の中には、このあたりに店を構えているおじさんたちや、この公園で毎日遊んでいる子ども達、その親などと
いった人たちに混じって、ここにを連れてきた男と同じように忍装束に身を包んだ人が何人かいる。
その中の1人が男とに気付いたようで、男がそれに手を挙げて応えている。
“サボってんのかと思った”、などと声が掛かれば、“ちげーよ”、とぼそり、と男が返す。
確かにこの男に公園の清掃には似合わないな、とは1人、納得していた。


「何ボーっとしてんだ?」

「あ、いや、別に…」

「まあ何でもいい。お前はこれでベンチきれいにして来い。」


そう言って雑巾とバケツを渡されながら、ベンチを指差される。
“お前”呼ばわりにまた、引っ掛かりはしたがもう既に男は袋を持ち、どこかへ歩き出している。

またも隙を与えない男には言い返せずに、手に持たされた雑巾とバケツを見つめる。

―あーもう仕様がないか

苦笑いを浮かべながら、ふぅ、と一つ息をつく。
どうやら自然に力が入ってしまっていた両肩が、すとん、と下がるのを感じた。












さすが1年で1番暑い季節。






少し体を動かしただけであるのに、額には汗が滲む。
特に、いつもは和菓子屋という食べ物を取り扱う店で働いている
程よい冷房の効いた中で1日の大半を過ごしている体には、この影もあまりない公園での作業は辛いものがあった。



なんとか公園にあるベンチの掃除はこれが最後になった。
仕上げに一度雑巾で拭きさえずれば終わり。
なんだかんだで、ここへ連れてきた男にいろいろと思うところがあったが、自分の手によってベンチが綺麗になっていくのを見ていると
それがすっかりなくなって、晴れ晴れした気分にさえなっている。
晴れ晴れしているのはだけじゃなく、この清掃に参加している他の人たちも同じようで、だんだんと自分の持ち場の作業を終え、
帰っていく人たちの顔に疲れは見えているものの、どこか満足そうであった。


「どうだ?もう終わるか?」


がせっせと雑巾でベンチを拭いていると声が掛かる。
ゆっくりと振り返れば、右手こそはポケットに突っ込んでいるものの、左手にはゴミがいっぱい入った袋を2つ提げている、
あの男が立っていた。


「はい。これで終わりですよ。」


そう言って手を止め、雑巾をバケツの中へ入れる。
それを持って立ち上がり、近くの水道へと持っていく。
男もゴミ袋を仲間に渡し、その他の道具の片づけを始めた。


「これもお願いします。」


洗い終わった雑巾とバケツを渡し、軽く一礼する。

―これでやっと解放される

そう思うと、また心が晴れ晴れとする。
くるり、と踵を返し、男に背を向け公園の入り口に向かい、足を踏み出す。


「あ、ちょっと待て。」

「えっ?」

「なんか飲み物でも奢ってやるよ。店に戻ったらすぐまた働くんだろ?
 ちょっと休憩していけ。」


ほら一緒に来い、そう言いながら既に背を向けスタスタと歩き始める男に、またも何も言えず。
歩いていく男の背中をただ見ているとその距離がみるみるうちに開いていくのがわかる。
考えるより早く、“ちょっと待ってください”、と口からは零れ、その後にはその背中を追いかけるがいた。





「何にする?」




自販機の前で、小銭を入れる体勢で男が首だけを返して聞く。
男に追いつくために小走りに来たが少し息を切らしながら、その男を顔を見つめて口を開く。


「いや、別にいいですから!忙しい店でもないので、戻っても休憩できますし帰りますから…」

「…はぁー、お前な、男が奢ってやるっつてんだから奢ってもらっておけ。
 お前が減るもんじゃねぇだろ。」

「そういうもんじゃないような…ていうか、その“お前”ってやめてもらえませんか?」


ここでやっと言い返すことのできたはその男をキッと睨むようにして見つめる。
男も一瞬びっくりしたような顔をするも、ふぅ、と一つ息を吐くとまたいつもの顔に戻る。
その様子にが眉間に少し皺を寄せ、睨む目に力を入れてみたが、男は何も変わらない表情を浮かべていた。


「…悪かったな。名前は何つーんだ?あ、俺は不知火ゲンマ。ゲンマでいい。」

「私はです。ゲンマさん。」

「おう。じゃあは何を飲む?」


あ、結局そこに戻るのか、と思うとは可笑しくなって、先ほどまで力を入れていた顔もするすると緩んでいく。
本当にゲンマは自分のペースに巻き込むのが上手いらしい。
やっとの思いで言い返したつもりも、それより先を考えているかのよう。
“もう完全に負けかも”、なんて思うと残念な気持ちになったが、それも悪くないとどこかで思っていて。
そんなわけのわからない気持ちで、ふにゃふにゃした表情を浮かべながらはゲンマを見ていた。


「じゃあお茶をお願いします。」

「わかった。」


ちゃりん、ちゃりん、と音を立てながら自販機にお金が入っていく。
点灯した、お茶のボタンをゲンマが押すと、バタン、と音を立てお茶の缶が落ちる。

がそれを取ろうかと手を伸ばそうとすると、それより早く隣からゲンマの手が伸びてきた。


「ん、これ…って熱っ!」


そう言いながら、ゲンマが右手から左手、左手から右手へ、ひょいひょいと投げている。
始めは何が起こったのかわからなかったも、だんだんとその様子が伝わってくる。


どうやら自販機から出てきたお茶がホットだった、らしい。


ありえない状況と、先ほどまでやけに冷静で余裕で、飄々としていたゲンマが真剣に焦っている姿。
“この人もやっぱり人なんだな”、なんて思うと、は声を上げて笑っていた。


「…笑えるんじゃねぇか。」


右手をお腹のあたりに、左手を口に当てながら笑うの声が人の少なくなった公園に響く。

だいぶ熱さが落ち着いたのかお茶の缶を近くのベンチに置きながら、ゲンマがを見て言う。
ははっとした表情を浮かべると笑うのを止め、ゲンマの顔を見た。

するとそこには、嘲笑うわけではなく、ただ優しく微笑んでいるゲンマがいた。


「いっつもあの店の前でため息ついてたろ?いかにもつまらなさそうな顔しながら…」


お茶の缶を置いたベンチにゲンマは腰を下ろしながら、その光景を思い出しているかのようにゆっくりと話す。
ゲンマが隣をポンポン、とを見ながら叩いているので、はそこに腰を下ろした。


「店の前で何つー顔してんだ、と思って通りかかる度に見てたんだけどな。」

「え…?」

「なんだよ、その反応は…わかってねぇな…」


驚きと、その話の先が見えないはただゲンマを見つめるだけであった。
そんなにゲンマはため息をつくと、仕方なさそうな顔をしながらまた口を開く。


「さっきみたいに少しは笑ってろ。たとえ毎日が繰り返しでつまらなかったとしてもそれも自分の人生だろ。
 ため息つくより笑ってた方が楽しいじゃねぇか。それに…」

「それに…?」

「俺は笑うが好きだ。」


ふと視線を外してそう言うと、ゲンマが立ち上がる。


―おれは わらう  が すきだ…?


最後の言葉を自分の中で繰り返す。
驚くほど心臓がバクバクと早く打っているのがわかった。
もう、口から心臓が出てくるのではないか、と思うほどに。

ただ、ゲンマの背中へを見つめる。
表情は見えないものの、ゲンマの気持ちは伝わってくる気がした。


「…あ、あの!」

「ん?」

「ありがとうございます!お茶と…その言葉…」

「ああ。笑ってろよ?そしたら何か変わるかもしんねぇ。」


そうゲンマは言うと、ポケットに突っ込んでいた右手をひらり、と挙げると歩き出す。
見えていないことはわかっているが、はただ深く一礼した。

























―これはもう、何年か前のお話






“また、この季節が来たんだ”、そう思いながらはただ店先で空を見上げて思い出している。



太陽の眩しさと、懐かしさに目を細めれば、すっと目の前に影ができる。



はゆっくりと微笑むと、その相手も微笑む。






それが今のお話―


































アトガキ
なんだか終わり方が微妙になってしまいました…。
ずっとこのネタを考えてはいたのですが、夏にするか冬にするかと考えたときに、
夏の方でホットが出てきた方が嫌だな、と思いまして今、書きました。
名前変換も、甘さも少なめで申し訳なかったです。






2006.7.24 up



spiral days 後編*close