「っと。」

ゲンマは自室へ戻ると、昨日の夜に作っておいたパンプキンパイの箱を冷蔵庫の中から取り出し、またチャクラを練る。

そして今度はアスマ宅へと体を移動させた。







「お邪魔します。」

そう言って玄関を入れば、中からはアンコのやけに騒がしい声が聞こえてくる。

靴を脱いで上がり、奥へと行けば料理はできあがり、大きなケーキが準備されていた。



「…を連れて来るが、大丈夫そうだな。」

アンコとカカシ、アスマがケーキについて何やら言い合っている方へと視線を向けながら、
同じようにそちらへと視線を向け、今にもため息を付きそうな紅に声をかけた。

「ええ。大丈夫よ。にはバレてない?」

「バレてない。」

「じゃあ頼んだわよ。」

紅の微笑む顔に、“おう”とだけ答えて、ゲンマは3度目の瞬身を使った。










「待ったか?」

アカデミーの玄関の近くのベンチに腰を下ろしているの姿を確認して、そう声を掛ければ、
“早かったですね”というの言葉が返ってきた。


「あの、これからどこに行くんですか?」

先ほどは聞いてこなかったその質問に、ゲンマは思わずドキッとした。
それでもどうにか平静を保ってゲンマは揺らしていた楊枝を止め、そしてゆっくりと口を開く。

「…まあ付いて来ればわかるだろ?」

「そうですけど…。」

腑に落ちない顔をしているの顔をゲンマがそれとなく見つめた。
その視線に、はっとした表情を浮かべたは視線を外し、微笑んだような顔をした。

「わ、わからない方がワクワクしていいですよね!こう、いろいろ想像できるって言うか!」

「…そうか?」

「はい!」

そう言うの顔にはいつも見ている笑顔がしっかり浮かんでいた。
ゲンマはのその発想を理解することはできなかったが、楽しそうなその顔にふっと鼻だけで笑うと
“行くぞ”、と言って先に足を進めた。









「ちょっと寄っていいか。」

しばらく、他愛もない話をしながら歩いていたゲンマがぴたりと足を止める。
“はい”、そう言っても立ち止まれば、そこはちょうど“やまなか花”の前だった。


「お花ですか?」

「ん、ああ。オレ、よくそういうのわかんねぇから選んでくれねぇか?」

そう苦笑いするゲンマを見て、“確かにわからなさそうだな”、そう思ったはクスリと笑いながら、
「いいですよ。」と答えた。





「あのー…あげる方ってどんな方なんですか?」

ただ漠然と、選んで欲しいと頼まれただけのはとりあえず花を覗いてはみたが、その花の豊富さにお手上げ状態だった。
ポケットに手を突っ込んで、楊枝を上下させているゲンマの顔をみれば少し困ったような表情を浮かべているのがわかった。

―やっぱりゲンマさんはこういうの苦手なんだろうな

そう思うとまた、笑いがこみ上げてくる。
きっとこれから行くところへの手土産としてお花が必要で、それを1人、花屋へ入って選ぶのに困ったゲンマさんが
ちょうど暇だった私を誘った、そう思うと話の筋が合うような気がした。




―お前なんだけどな

の質問にゲンマは心の中でだけ即答した。
口にはできないその答えを思いながら、自分へと向けられるの視線へ自分の視線を動かした。
そこにはどこか微笑んだが立っている。


「…そうだな。表現しにくいが、がいいと思ったのを選べばきっと大丈夫だ。」

の表情に理由が考えられないくらい心臓が高鳴ってしまって、とりあえずふぅ、と息をつきながら
口から出るままににそう言った。

「それって難しいですね。本当に私の好きなのでいいんですか?」

「あぁ。」

そう微笑んで言うゲンマの顔を見て、は“困っています”という顔を浮かべながら目の前の花へと目を移した。



昨日はパンプキンパイを作るのに精一杯で花を買う時間なんてなかったために出た、この苦肉の策。

プレゼントする本人に、実はそれを選ばせているというのは思った以上に危険と隣合わせであることをゲンマは実感した。
そして、困った顔から楽しそうな顔へと変わって、花を選んでいるを見ると、ただほっと胸を撫で下ろすのだった。





「これにします。」

しばらくしてがそう言って指した、ガーベラやバラなどでピンクや赤、白で綺麗に統一されたブーケを買って、
ゲンマとはやまなか花を後にした。















「着いたぞ。」


すっかり陽は落ちて、空には無数の星が輝き始めるころ。


やまなか花から程なくして、ゲンマがある一軒家の前で足を止めて、その門を潜った。
はその立派な佇まいの家に思わず、“うわ〜”と見上げながら声を上げると、ゲンマに続いて門を潜った。





「お邪魔しまーす。」

ガラガラと音を立てて玄関のドアを開け、ゲンマが中に声を掛ける。
その声に返ってくる言葉はなかったが、ゲンマはに中に入るように促した。

「いいんですか?」

そのあまりの静けさに少し不安になったがゲンマに問えば、“大丈夫”とだけの軽い返事が返ってきた。




何も応対のないことを不審に思いながらも、手馴れたように靴を脱ぎ、その奥の廊下へと進んでいくゲンマに
はとりあえずついていった。



「入れ。」

ちょうどドアの前に突き当たったときに、ゲンマがの方を振り返った。
“えっ?”、そんな顔を浮かべたに、ゲンマは背中に手を回すと、ドアの前にポンと出した。

「ほら。入れ。」

ただいつものようにそう言うゲンマに何か問いたかったが、は言われるがままドアを開いて中へと入った。






「「「「、誕生日おめでとう!」」」」






ドアが開くと同時に、その綺麗に揃った声が家の中へと響き渡った。

「え…」

あまりの突然のことで、が言葉を失っていれば後ろから入ってきたゲンマに、
“そういうことだ”と今までに見たことのないくらい優しく微笑んだ顔で告げられた。




「ほらー!座ってよ!」

ニコニコした顔で近づいてきたアンコに、その場に固まっていたは腕をぎゅっと掴まれ、引っ張られるようにして席についた。

「コップ持って。」

席に着くや否やカカシによって右手にコップを渡され、はとりあえずそれを掴んだ。

、お前酒大丈夫か?
 これなかなかいい酒だぞ?ほら。」

コップを掴めば右隣に座ったアスマに声を掛けられ、返事もままならないうちに持ったコップにコポコポと音を立てて酒が注がれた。

「たくさん料理を作ったのよ。いっぱい食べてね。」

酒が注がれていくのをが見ていれば、それとは逆から紅が料理を綺麗に取り分けた皿を差し出している。
“ありがとう”、そう小さく言いながらはその皿を受け取った。


「ほら乾杯すんぞ。」

ゲンマがにそう声を掛ける。
しかし、コップと皿を持ったままは止まってしまっている。

「…?」

「…」

?おいって。どうかしたか?」

そう言いながらの視界に入るようにゲンマがの顔を窺った。
はぶつかったゲンマの視線に、はっとしたような表情でやっと口を開いた。

「あの!…どうしてこんな…?」

改めて驚いた顔をが浮かべて、テーブルいっぱいに置かれた料理をぐるっと見回しながらぽつりと問う。
その予想以上のの驚いた様子に、紅、アンコ、アスマ、カカシ、ゲンマがそっと微笑んだ。

「だって今日はの誕生日でしょ?」

「で、でもこんなにしてもらって…」

「気にしないで。皆でしたくてしたの。ほら乾杯しましょう?」

紅が温かく微笑んだ顔を見て、はまだ飲み込めない状況にはっきりしない顔をしていたがその言葉に従った。


「じゃあの誕生日を祝って…


  「「「「「カンパーイ!!!!!」」」」」



アンコの掛け声で乾杯すると、カンッカンッとコップを触れ合わせる音と“おめでとう”という声が起こった。
もなんとかその場の空気が伝わってきたのか、徐々に嬉しそうに微笑むように変わっていた。






紅がテーブルに溢れるほどに作った料理とたくさん買い込んだお酒はみるみる減り、6人のお腹を十分すぎるほどに満たしていった。

「ねぇ〜、そろそろケーキの時間じゃない?」

ほろ酔いで、うっすら顔を赤く染めたアンコが紅に言う。
“しょうがないわね”、そのアンコの様子に紅がクスリと笑うと、台所からケーキを持ってきた。



「本当にデカイな。」

「だろ?」

運ばれてきたケーキを見て、ゲンマとアスマが苦笑いをしている傍で、が目をキラキラ輝かせていた。

ちゃんが喜んでくれてるんだからいいってことデショ?」

カカシの言葉に、“そうだな”という顔をしてゲンマとアスマは酒を口に運んだ。



「うっわー!こんなにおっきなケーキなんですか!?」

「そう。始めはアンコがと食べるために予約したらしいんだけどね。」

「アンコさん!ありがとうございます!」

「いいの、いいの。それよりほら、ふーってのやるわよ。」

そう言い終わるか終わらないかで、アンコがロウソクをケーキに並べて、火を灯す。
その頃合を見計らって、紅が電気を消した。


誕生日を祝う歌の後に、がその火を吹き消せば、また「おめでとう」という言葉が次々に飛び交って、
ぱっと部屋の電気が再び付けられる。
そして紅がアンコに催促されたように、そのケーキを切り分け始めた。


「ん、じゃあついでにアレもやるか。」

酒を注いでいたアスマがそう言えば、“そうね”という紅の同意の言葉が答える。
には何のことだか分からずに、ただその様子を眺めていたが、自分以外の人たちが何かを用意し始めたことがわかった。


「なんですか?」

隣にいたカカシに、が不思議そうな顔をして問う。

「ん?ほら誕生日に欠かせないものだよ。」

そうニッコリ微笑むカカシから言葉が返ってきた。
アスマや紅、アンコに勧められるがままに飲んだお酒で、ほろ酔い加減のの頭ではその“欠かせないもの”が何なのかを
考えるには少し力不足で、またただその様子を眺めていた。



「じゃあどれから行く?」

アンコがニヤニヤ楽しそうな笑みを浮かべて、ぐるっと皆の顔を見る。
そのときに目が合った紅が仕方なさそうにため息をついて、“私たちからね”と言った。


。これはアスマと私で選んだプレゼント。少し大きいんだけど…」

そう紅が言うと、アスマが隣から大き目の長方形の箱を渡した。

「えっプレゼント、ですか…?私に…?」

「そうよ。みんなそれぞれ用意してるの。」

「そう!それより何?開けてみてよ、。」

プレゼントをもらった本人と同じぐらいに、いやそれ以上に、目を真ん丸にして興奮するアンコ。
はアンコに言われるように、紅とアスマにお礼を言いつつもその箱を開けた。


「鏡!?」

「そう。、この間引越ししたんでしょ?
 アスマから鏡がないって言ってたって聞いてね。」

「…なんでアスマがの引越し知ってんの?」

紅の言葉にすぐさまカカシが反応して、キッとアスマの顔を睨むような視線を向ける。
ゲンマも言葉にはしないが、同じことがひっかかるらしく、アスマの顔を見ている。

「ま、まあ、それはだな…

「そんなこといいじゃなーい!それより次は?」

アンコの、場の空気を読んだのか読んでいないのかわからない絶妙な言葉でお見事カカシ、ゲンマ、アスマの空気が崩れる。
それを元に戻そうとカカシがまた何かを言おうとしたが、紅からの鋭い視線に阻まれた。

―今日はそういうのはナシね

男3人でもう1度だけ視線を合わせてそう確認し合うと、“次は!?”というアンコの声が上がった。


「…ってオレに言ってるんだろ?」

―それって明らかに自分たちが最後がいいんだろ、その言い方は

ゲンマはアンコに向けてキュッと眉間に寄せてよう小さく吐き捨てるようにして言った。

「そう。」

アンコが微笑みながらそう言うのを聞いて、はぁ、とため息をついてからゲンマはパンプキンパイと花束を手に取った。


「この間、が美味いって言ったからまた作った。前よりもこっちの方がうまくできたはずだ。また食べてくれ。
 それと、この花束はな、にだ。悪かったな。」

「えっ!?私にだったんですか!?」

「悪かったな。どうも花を選ぶっつーのは苦手で…。今度はしっかりオレが選ぶから今回は許せ。」

「は、はい…」


薄っすらと顔を赤らめ、視線を合わさずにそう言うゲンマにもつられて顔を赤くした。

その様子に面白くない、という表情をカカシとアスマが浮かべたがすぐさまに紅の視線が向けられた。

―面白くないねー…

なんだかその絵になっている2人にカカシはプレゼントを手に取ると、アンコの脇を肘で突っついた。

「はーい。最後は私とカカシからね!」

「そう。オレとアンコからに。ほらゲンマ、ちょっと退いて。
 顔赤くして何?酔っちゃったの?」

カカシがにっこり微笑んでそう言うと、ゲンマは我に返ったように“ちょっとな”、そう言ってから離れた。
も、“そうだったのか”、と先ほどのゲンマの様子を勘違いしてしまったことを恥ずかしそうにしていた。
のその様子を確認するとカカシはそっと口端を持ち上げて、綺麗に包装された細長い箱を手渡した。

「開けて?」

言われるがままにがそれを開ける。
そこには小さな透明な石のついたネックレスが入っていた。

「これって…」

「ちょっとベタなんだけどねー。4月の誕生石はダイアモンドで、石言葉が“永遠の絆・純潔”。
 なんだかぴったりな気がしてね!」

「ほら貸して。付けてあげるよ。」

から手に取ったペンダントをカカシが背後に回ってそれを付ける。
それを見たアンコからは、“やっぱりにぴったりよー!”という声が上がった。


「本当…なんて…お礼を言え…ば…いいか…」

ぽつんぽつんを発せられる言葉に、の顔をうかがえば目に涙をいっぱい浮かべている。
そしてそれがすーっと零れ落ちた。

「…、泣かなくてもいいじゃない?誕生日なんだか笑っていなさい?」

その様子に気がついた紅がすぐさまに近づき、その背中をゆっくり擦る。
アンコも紅とは反対の、の隣に座り頭をゆっくりと撫でた。

「本当…すみません…なんだか嬉しくって。」

溢れ出る涙を紅から差し出されたハンカチで拭い、息を整える。
“ほら笑って?”、アンコがの顔を覗き込むようにして言えばはゆっくりと顔を上げた。

「あの…本当…大好きです。本当大好き。」

そうは言って、アンコにぎゅっと抱きついた。

ー?本当あんた可愛いわねー!」

グシャグシャと右手でアンコがの頭を撫で回せば、“痛いですよー”、との声が上がった。
その姿に紅も、カカシも、アスマも、ゲンマもただ微笑みながら見ていた。











そして、男たちの微笑みの一方では、心の中に、ぽっと、また火が灯されるのであった。



―来年はあの言葉をオレだけの言葉に


―あの涙をオレだけに


―抱きつくならオレに





“来年の今日は2人だけで過ごす”―その目的のためにカカシ・アスマ・ゲンマの思いは再び燃え始めていた。













「ほらもっと飲むわよー!!ほらほら!!」


アンコの掛け声と共に、の楽しい(?)誕生日は過ぎていくのであった。


































アトガキ
やっと1周年&誕生日企画の完結です。本当かなり時間が掛かってしまいました…。
しかも、この話は無理矢理の1話でかなり長くなってしまいまして…申し訳ないです。
完結スペシャルということでは…ダメですよね?
ここまでこの勝手な企画に付き合ってくださった皆様、ありがとうございました!
次回からは通常に(?)戻ります。1話完結の話を書いていきたいと思います。





2006.5.16 up



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