「…あの、何味だと思います?」


ポツリと口からこぼれ落ちたその言葉に、一気に3人の男の視線が集まった。




















先ほどまでなにやら考えていたその声の主は、“あ、そうだ”、と言わんばかりの顔をして問う。

しかしながら、問われた側はポカンと口を開けている。

その反応に問うた側も、“えっ”という表情で同じようにポカンと口を開けた。









いい大人が4人、ポカンと口を開けている。



きっとこの光景、傍から見ればかなりおかしいだろう。










これでは埒が明かないことに気がついたカカシが開いていた口をすっと閉じると、言葉を発する。


?何が何味なの?」


その言葉に動きが止まっていた他の3人もはっとした表情を浮かべて口を閉じる。
“あーそうか”、言葉足らずだった自分に気が付いたは恥ずかしそうに微笑んだ。


「あの、“恋の味”って何味ですか?」


そうさらりとが言い直せば、一瞬にしてまた男3人の動きはぱたりと止まった。
“アカデミーの子たちに聞かれたんですけどね”、そうが後から付け加えたが、きっとその男たちの耳には届いてないだろう。






その理由は大きく2つ。



1つは恥ずかしそうに微笑むに見惚れてしまったこと。


これはもう日常茶飯事で、の生み出すその表情や仕草に彼らは射抜かれ続けている。
どうやらこればかりには慣れることができないらしい。



そしてもう1つ。こちらがかなりの重要なものかもしれないが、彼女の口から“恋”という言葉が出たこと。


惚れている相手から恋愛絡みの言葉が出たときには少なからずドキッとするのは間違いない。
あわよくば、そのままその相手の恋愛話でも聞きだして何かの参考にしたいと思うだろう。
その上、彼女の場合は、恋だの愛だのを今までに微塵も感じさせたことのない。
そんな彼女の口からまさか恋の話を繰り出すなど、全く想像も付かないことだった。




「そ、そういうのって、ほ、ほら、よく、“レ、レモンの味”なんていうんじゃねぇのか?」


完全に冷静さを欠いているゲンマがとりあえず答える。
そうするとすぐにが口を開いた。


「そう言ったんです、私も。レモン味って。
 でも“現実味がない”なんて言われちゃって…。」

「あー…最近のガキはませてんなぁ〜…。」


そう言って、ふぅ、と紫煙を吐き出し、アスマは苦笑いを浮かべる。
“そうなんですよ”、とも同じような表情をした。


「ませてるというかさ、…」


そこまでカカシが言って、口を閉じた。
不思議に思ったがカカシの顔を見たが、“なんでもないよ”とにっこり微笑んだカカシにその続きを聞くことが出来なかった。


―そんな質問に真剣に悩むが可愛いというか


言えなかった続きをカカシが心の中で呟き、思わず口元を緩めた。
こういうときには本当、自分の顔がほとんど隠れていてよかったと実感していた。


「何かいい答えはないですか?」


また困ったようにが3人に問えば、“う〜ん”といったような表情を浮かべて考え始める。
結局はだけではなく、カカシ・アスマ・ゲンマの成人男性も子どものくだらない質問に頭を悩ませて始めていた。






















どれだけか考え始めてから時間が経って。


息を1つ飲んだゲンマが口を開いた。


「…そういうのって実体験のことを言えばいいんじゃねぇか?」

「えっ、実体験ですか!?」

「確かに。“初恋の味はレモンの味”っていうのは現実味がないけどが体験した話なら現実なんだし。
 納得してくれるんじゃないの?」

「言えてるな。」

「えっ、じ、実体験、ですか……?」


1人戸惑うを余所に、男3人は納得していく。
そしてその表情はどこか楽しそうなものに変わっていった。


「ねえ、の恋の味はどうなの?もしくはどうだった?」


こういう話がいかにも得意そうなカカシがさりげなく、に問いかける。
それを聞いているアスマとゲンマも表情をあまり崩さないようにしていつもと変わらない空気を作り出していたが、
そのどこかに聞きたそうなオーラを放っている。


「そ、そんないきなり言われても…どうなんですか、ね……。なんて表現していいのか…わかりませんよ……
 …みなさんはどうですか、恋の味って?」


“困っています”、それがはっきり伝わる顔でが逆に訊ねる。
その思わぬの質問に一瞬、驚いた顔を浮かべた男3人だったが、の体験を自然体に聞きだすためにも平静を装った。


「そうだなー。オレの恋の味は缶に入った飴だな。
 毎回違う味を楽しませてくれて、缶を振って口に入れるまでその味がわからないみたいな。
 甘いときも酸っぱいときも、期待通りも期待はずれも…。」


得意気にカカシがそう口にする。
それを聞いたアスマとゲンマには、その言葉にをすぐに連想した。

ころころと変わる表情に目が離せないは、いろんな気持ちを与えてくれる。
そのどの気持ちは結局は自分にとって甘く、温かい温もりを感じるもの。
そう感じているのはカカシだけではなく、アスマもゲンマも同じだった。

アスマとゲンマはカカシに鋭い視線を送る。
その2人の反応に、自分の表現が期待通りに伝わったことが分かったカカシは満足そうに視線をに向けると、
がゆっくり微笑んでいくのがわかった。

―いくら鈍感でも伝わったデショ?

のその微笑みに大きな期待を抱きながら、それと同じようにカカシも目を細めて微笑んだ。





「カカシさんって恋多き人なんですね。いろんな味を知ってて。」

「…へっ?」





満面の笑みを浮かべながら言葉を放ったの顔を見ながら気の抜けた声をカカシが返す。
つい先ほどまでの笑みはぱらぱらと剥れ落ちるように崩れていった。


「恋は相手次第で味が違う、っていうことでしょう?
 カカシさんってたくさん恋をしてきたってことじゃないですか。」


もう完全に捉え間違いをしているに、“ハハッ”という乾いた声でカカシが笑う。
その余りにも無残なカカシの姿を見るに見兼ねたアスマがぽんぽんとカカシの肩を軽く叩いた。


「それなりに、ってことだろ?」

「そ、それなりにね。」


アスマの問いかけに苦笑いを浮かべながら答えるカカシを見て、も“そうですよね”とただ微笑んでいる。
が物事を深く気にしない性格だったことにカカシは救われたと思った。



「味っていうのは難しいな。」



カカシの様子を眺めながらもまた質問の答えを考えはじめたゲンマが銜えた楊枝を上下させて言う。
カカシ、アスマ、は言葉を発したゲンマへ視線を向けながらも納得したような表情を浮かべている。


「確かに味ってのは難しいな。
 要するに恋の味なんてそのときに一緒に食べたものとか……」

「とか?」


言葉を止めてしまったアスマにカカシが先を聞くように言葉を掛け、アスマの方を見る。
アスマはどこかへと視線を向けながらも言いにくそうな表情を浮かべていた。


「とか、何なんですか?」


その様子に気付いたもカカシと同じようにアスマに問うが、アスマはやはり答えない。
そんなアスマを見てなにやら考えていたカカシはニヤリと微笑んだ。


「ほら、アスマが言わないから気になるデショ?
 アスマがそんな口を濁らせるなんて柄じゃないし。」


明らかに面白そうな顔してカカシがアスマに言葉を促す。
ただその様子を見ていたゲンマもそれが何か勘付いたらしく、何も言わないがじっとアスマに視線を向けた。


「いや、別になんでもねぇよ。気にすんな。」

「いやいや明らかにおかしいって。なんで味は難しいの?
 はっきり言ってくれないとわからないし。ねえ、?」

「あ、はい…アスマさん、教えてくれませんか?気になりますよ。」


明らかに面白そうといった表情を浮かべているカカシと、本当にその内容を知りたがっている
きっと内容もカカシがわかっていることも気付いているゲンマの3人の視線がアスマに突き刺さるように注がれる。
アスマは紫煙をため息とともに吹きだしてから、持っていた煙草を灰皿へ強く押し当てた。
そんな一連の行動の間もずっと3人の視線が自分で向けられているのが見なくてもわかる。

―あー逆に言い出しにくいってもんだな

取り出した新しい煙草1本を銜えて、火をつけるとアスマは覚悟を決めて口を開いた。


「ほら、あれだ。キスした時の味だろ。」


“ついに言った”というようにカカシが明らかに面白そうに、からかう様にアスマに視線を送る。
なんとなく予想できたその様子に、アスマはカカシから視線を外しながらもの様子を窺っていた。

―なんか反応してくれよ

はただどこかへ視線を向けていて、表情も変えないでいた。
そのどうにも取れない様子にアスマは固唾を飲んだ。





「…あの、アスマさん?」




少しの間を置いてが口を開いた。
ほんの数秒だったそれがアスマにとっては長く、息もできないほどにはりつめたもののように感じた。


「…なんだ?」

「…煙草、もらえませんか?」

「「「はっ?」」」


のその一言には言葉を掛けられていたアスマだけではなく、カカシやゲンマも思わず反応した。
そしてまじまじとの顔を見てみるが、至って普通の、いつもと変わらないがそこにいる。
むしろ、男3人のその反応に驚いているようにも見えた。


って煙草吸うのか?
 別に年齢も引っ掛からないし、差別や区別をするわけじゃねぇが…?」

、煙草を吸うなとは言わないがアスマさんが吸うようなのは止めておいたほうが…」

「そうそう。せっかくの綺麗なが…」


アスマに続いて、ゲンマ、カカシが心配そうな表情を浮かべてに声を掛ける。
はその次々と掛けられる言葉に呆気に取られたようだったが、慌てて口を開いた。


「私タバコ吸いませんよ?でも恋の味を確かめるために煙草を、と思って…」


の言葉に始めはほっとした表情を浮かべた3人であったが、その後半部分に心ががっちり掴まれた。
緩めかけていた頬もぴたりと固まってしまっているようであった。


の恋の味…煙草…キスの味…


3人の頭の中でグルグルとその言葉が回り、支配されていく。
聞きたかったの恋愛話であったはずなのに、そのあまりの唐突さに頭が真っ白になるようであった。
今までに自分もいくつかの恋をしてきたし、きっともそうであることはわかっていたのにいきなりの知ったリアルな話。
“キスぐらい…”、そうは思っても一度上がった心拍数はなかなか落ち着かず。
すっかりカカシ、アスマ、ゲンマは放心状態であった。








「うえっへっ!ごほっ!ほっ!ごほっ!!」








何も言えなく、動くことすらできなくしまっていた3人がその音に我に返った。
その盛大な音の主を探れば、手に煙草を持ったが肩を大きく揺らしながら咳き込んでいた。


!お前煙草吸ったのか!?」


の隣に座っていたゲンマがの持っていた煙草を取り、もう片方の手でその背中を擦る。
はまだむせ返っていて言葉が上手く発せないようで、ただ大きくうなずいていた。
カカシはゲンマの手から煙草を取り、消しながら、“大丈夫?”と心配そうに声を掛け、アスマは水を持ってくる。
その水を受け取ったは乱れている呼吸を整えながら、一口飲んだ。


「…落ち着いたか?」

「はい。大丈夫です。すいません!勝手に煙草もらって…」


そう言ってが本当に申し訳なさそうにアスマに謝る。
謝られた側のアスマは、“そんなことは別にいい”と逆に申し訳なさそうな顔をしていた。


「なんで煙草…って本当に煙草の味を知りたかったのか…?」

「はい…すいません…」

「そうか…どうだった、味は?不味いだろ?」


自分のしてしまったことに、まだ背中を擦ってくれているゲンマや心配そうに見ているカカシ、勝手に煙草を拝借したのに
全く怒る素振りを見せないアスマにが本当に申し訳なさそうに目を伏せる。
そんなにアスマは少し微笑んで煙草の感想を冗談交じりに聞いた。


「苦かったです…」


恥ずかしそうにそう答えるに、アスマだけじゃなく、カカシもゲンマもにっこりと微笑んだ。


「じゃあそれがの恋の味ってことじゃない?たぶんその答えならアカデミーの子も納得するよ。」

「そうだな。が身を持って体験したんだから嘘でもねぇ。」

「そうですね。」


カカシが優しく微笑む顔と、ぽんぽんと肩を叩きながら言葉を掛けてくれるゲンマにはゆっくりと微笑んで答える。
そのの様子にまたいつもの穏やかな空気が流れ始めた。























後日





「恋の味は苦かったよ。そう煙草の味。」


アカデミーでそうにっこり微笑みながら答える、の姿があった。


「たぶん初めて好きになった人ってお父さんじゃないかな。
 …そんなはっきりした記憶なんてないけど、お父さんは好きだったと思うから。」


恋と言われてピンとこなかったは、小さいころに好きだったお父さんの姿を思い浮かべていた。
近くにいるときは吸わない煙草を、遠くからその吸う姿を見ていた自分を。




もちろん男3人はこの話を知るはずもなく、しばらくは姿の見えないの恋の相手と戦うのであった。



























アトガキ
始めはweb拍手用の小咄として書き始めたものだったのが、予想以上に長くなりまして本編にしました。
“恋の味”と“タバコ”を私の中でキーワードにして書き始めたのがこんな話に…
当初はそれぞれが恋の味を語ろうとしていたのですがカカシの恋の味を考えるだけで精一杯になってしまいました。

初めて好きになる人ってお父さんだったりするんじゃないですかね…?
恋とかそういう以前の話ですが…




2006.6.16 up



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