パタリ、と歩きながら読んでいた本を閉じる。
俯き加減だった顔をゆっくりと上げ、目に飛び込んできた光景はどうにもおかしいものであった。
数え切れないほどに歩いてきた道のり。
何も代わり映えのしない廊下、そしてその先にある部屋。
いつもと何も変わらない日、だと思っていた。
―おかしい、おかしすぎる
目の前に広がる状況に、カカシは頭を回転させる。
これまでに、ここ・任務受付所には何度も足を運んでいる。
それが仕事であり、日常。
もう当たり前のことだ。
特に気に掛かることもなく、出される任務に就く。
それは今日も同じだ、と思っていた。
しかしながらこの状況、何がどうなっているのか?
今までに見たこともない光景がそこにはある。
黒山の人だかり
ここにはどう考えても似合わない。
確かに人の出入りは激しい場所であるが、こう集まる場所ではない。
むしろ、いくら忍だからと言っても他の忍の任務を必要以上に知るべきではない故、留まるなんていうことはタブーである。
今、まさにそれが行われている状態。
カカシは少し眉間に皺を寄せて、その光景を眺める。
いつもの様子を思い浮かべる。
先ほどからちらちらと見え隠れしている人物は、その位置からしてイルカだろう。
そう言えば、その隣の席が今日は空いた状態になっている。
いつもならば火影様が座っているところ。
―それで抑えが効かない、と…?
カカシが軽くため息をつく。
まあ自分には関係のないこと、そう思ってしまえばさっさと任務を受けるまで。
そう思いながら、止まっていた足を前へ動かそうとしたとき…
「ありゃなんだ?」
よく知った声が真後ろから掛かる。
振り返らなくともわかるその声の主に、軽くため息をつきながら口を開いた。
「オレも知らないよ。まあ知らなくてもいいかな、とも思ったんだけど…」
「まあな。面倒なのは御免だな。」
そう言うと、ふぅ、と紫煙を吹く。
声を掛けられたことによって止まった足。
また、先ほどと同じようにその様子を眺めることとなった。
どうやら一応の人の出入りはあるらしく、ちらほらとこの場を離れていく人も見える。
しかしながら、それと同じように次々と人も集まっていく。
「アスマー、何だと思う?」
同じように足を止め、隣にいるアスマにカカシが問う。
もちろん、少し前にした会話からアスマがそれを知らないのは知っているが、眺めている間に何か見つけているかもしれない。
問われたアスマは、“んー”と言いながらその光景を観察している。
「やけに男が多いな。相当な美人でもいんのか?」
「なるほど。」
確かに、言われてみれば男が多い。
女もいるが、明らかに男の忍が集まっているように見える。
アスマの言うとおり、あの中に綺麗な人がいるという憶測は納得できた。
集まる人たちはその中心を見ながら、何かを言いながら、にこやかな顔つきである。
まるでその人物を見たさに、その人物と話したさにそこにいる、というように見える。
―そんな人がいたか?
美人なんてこの里を探せばいるだろうが、ここに、しかも受付所の席にいられるような人物でそんな人はいただろうか。
いつものあの場所にいる人物は日によって違うが、それに該当するような人はいなかった。
いや、いたのなら今までにもこういったことがあっただろうから、今いる人物は今日初めて、なのだろう。
カカシとアスマが人だかりを眺めていると、そんな中、よく知った人物がこちらへ向かって歩いてくるのが目に入った。
その顔はどこか疲れきっているような、度が過ぎた苛立ちを隠しきれないような面持ちで、楊枝を噛み締めている。
「ゲンマ、あれ何なの?」
そうカカシが問えば、ゲンマはため息をついて、今来た方、人だかりの方をちらりと見た。
「何って…これですよ。」
そう言ってゲンマがポケットから何かを取り出す。
カカシとアスマの視線が集中する。
「…何、その紙?」
「“短冊”ですよ。」
「…それがあれとどう関係があんだよ?」
「それはこれを配ってる人物です。」
ゲンマの顔が先ほどの苛立ちに似た表情を浮かべる。
その表情にカカシとアスマは始めは訳が分からなかったが、だんだんと頭を回転させ、その意味を探ろうとすれば、
ゲンマのように少し眉間に皺を寄せ始めた。
―もしかしてアイツか?
ある人物の顔が思い浮かぶ。
自分たちが好意を寄せる人物・ならばこういう状況になることは想像できる。
屈託なく、ただ純粋に微笑むは自分たち3人だけではなく、他の忍にも好かれていることは明らかだ。
ただ、が待機所にいるときは自分たちやアンコ、紅と一緒にいることが大半なためにそういった人たちは近づけないでいるが。
そう、きっと守るようにして、を独占してきた人物のいない今、チャンスとばかりに集まっているとすれば…
カカシとアスマは、考えるより早く、行動へと移っていた。
「ちょっとさ、ここで集まるのはよくないんじゃないの?」
カカシがその集団の一番後ろで、抑揚もつけずに声を上げる。
ざわざわと賑わっていた人たちが、その声でスーっと静まり返った。
「ねぇ、アスマ?」
「あぁ。ここは受付所だろ?」
カカシがアスマに同意を求めて、アスマもそれに応える。
さすがこの里屈指の上忍2人。
効果は絶大で、そこにいる人たちは声が出なくなったばかりではなく、表情までも固まっているようであった。
音のなくなった受付所の中に、カタン、と1つ音が生まれる。
それが室内に木霊するように広がると、今度は足早にこちらへ向かう足音が生まれる。
そして、カカシとアスマの前に1人の人物が現れた。
「あのっ、皆さんの足を止めてしまってたのは私のせいなんです。なので…」
「別にが謝ることじゃないデショ?」
“やっぱりだったか”、予想が的中したカカシとアスマは軽く苦笑いを浮かべた。
その間にも頭を下げようとする体勢になるの肩をカカシがぐっと抑えて、それを阻止する。
“らしいな”、と思いながらも、を安心させるようにカカシとアスマが少し微笑むともよかった、
と言わんばかりの笑みを浮かべた。
これによって先ほどまで、ピンと緊張で張り詰めていた受付所内がだんだんと音を取り戻していった。
またざわつき始めた中で、イルカが机に両手を突きながら立ち上がる。
そして、息をつくと、口を開いた。
「ここでは他の方の迷惑になるので、用が済んだ方は退室をお願いします!
先生ももうだいぶ短冊は集まりましたし、あとは俺が声掛けておきますので…」
イルカのはっきりとした口調と先ほどのカカシとアスマの言葉が効いていたのか、“仕方がない”、そんな表情を浮かべながらも
そこにいた人たちは散っていった。
もイルカに“すみません”、と一言謝りながらも、自分のいたところに戻り、そこにおいてある短冊を集め始めた。
「あっ!カカシさんとアスマさんも短冊、お願いしますよ!」
動かしていた手を止めて、が閃いたというように顔を上げる。
そしてにっこりと微笑む顔に、カカシとアスマは思わず頬を染めた。
そんな顔をカカシとアスマが見合わせ、ばつの悪そうに互いに目を逸らす。
は不思議そうにそんな2人を見ながら、短冊を2枚、取り出していた。
「あの、アカデミーで毎年七夕には短冊に願い事を書いているんですけど、
今年はアカデミー生だけじゃなくて、上忍や特別上忍の方たちにも書いていただこうかと思って。」
“どうぞ”、というように、カカシとアスマにそれぞれ1枚ずつ短冊を渡す。
カカシとアスマは手に取った短冊をまじまじと見る。
はあまりにも真剣に短冊を見つめる2人に小さく笑いながらも、また説明を始めた。
「在り来たりなものじゃなくて、些細なことでもいいので、現実味のある願い事を書いてください。
アカデミーの子たちはそういうところに興味があるみたいなので…」
「なんだか難しいもんだな。」
「いや、そんなに難しく考えなくていいですよ!ほらアスマさんなら“もうタバコはやめれますように”、
みたいなことを書いてみたり、とか。」
「それはもうアスマの願い事じゃないデショ?アスマはタバコを吸っていたいだろうし。」
「そうだからいいんですよ。タバコを止めるなんて考えていなさそうだから、そんな願い事だったら意外じゃないですか。
絶対無理なこととか小さなことの方が逆に夢がありますよ。」
そう言ってが今までに見たことがないくらいに、楽しそうに微笑む。
きっと先ほど集まっていた人たちにも、こうやって頼んでいたのだろう。
それできっと話も弾んでしまって、人は集まる一方になったことは目に見えるようにしてわかる。
“きっと以外に頼まれてたらやらないな”、と思いながらも、カカシとアスマはその短冊をポケットに仕舞った。
「はさ、何を願うの?」
カカシがニッコリと微笑んで、に問う。
短冊をまとめていたはその手を止め、一瞬考えるような素振りを見せながらも子どもが悪戯をするような笑みを浮かべた。
「それは秘密ですよ。七夕になったらわかりますから。」
「そうか。楽しみだね、それは。」
「楽しみだなんて…。実はまだ考えてないんですけどね。」
“これから一生懸命考えます”、とが言うとカカシも“オレもそうするよ”と付け足して笑い合っている。
アスマはそれを横目で見ながらも、“俺もだな”、と紫煙をゆっくりと吹いていた。
アトガキ
七夕企画。
一話で終わるつもりが長くなってしまいました…。
前編・七夕までの道のり、です。
後編・七夕当日、は七夕当日にupします。
2006.7.6 up
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