七夕当日














「今年は願い事の多い七夕ですね。」




「たくさん、ですね。」







短冊を一通り飾り終わって、それをイルカとが見上げながら呟く。


できるだけ大きな葉竹を選んだつもりだったが、その枝がいっぱいになるほどの短冊が掛かっている。
アカデミーの子どもたちが書いた、将来の夢、上忍や特別上忍が書いた、些細な願い。
そして火影様によって書かれた、大きな、“平和”、という文字。
どの願い事も見ていて温かさが伝わってくるようで、思わず笑みが零れそうになる。


「きっと今年の七夕は、アカデミーの生徒たちも例年以上に喜びますよ。」


イルカがそう言って、その誠実そうな笑顔を浮かべる。
きっとアカデミーに来た生徒たちがこれを見て喜ぶ姿を想像しているのだろう。
はそんなイルカを見て、“本当に子どもたちが可愛くて仕方がないんだなぁ”、と思うと同じように微笑んでいた。


先生のおかげですよ。生徒だけじゃなくて、上忍や特別上忍の方たちにも短冊を配るなんて思いもしなかった。
 本当、子どもたちが喜ぶことを先生はよくわかっていますね。」

「そうですか?単に私がそうしたかっただけですよ。
 そしたらみんなもそれがいい、と言ってくれて…」

「同じ目線で物事を考えている、ということですよ。俺にはできません。」

「…私が子どもっぽいってことですか?」

「いや!俺はそういう意味で言ったんじゃなくて…」


ブンブンと頭を振って否定するイルカに、クスクス、とが笑う。
イルカはそんなを見て、ほのかに頬を染めながらも、その先にこちらに向かってきている人を見つけて、
その表情を隠すようにから逸らし、自分の腕時計へと視線を落とした。
ただ、本当には人を惹きつける何かがある、と思いながら。


「あっ、そろそろ俺、授業の準備しないといけないので失礼しますね。」


意外にも時間が掛かってしまったその作業に、イルカが慌ててそのあたりに散らばっている笹の葉を集める
“もうそんな時間ですか”、ともイルカの様子を眺めながら、同じように笹の葉を集めた。



「じゃあ俺は行きますので。お疲れ様でした。」

「はい。お疲れ様でした。」


笹の葉を入れた袋を手に持ったイルカがその場を離れていく。
は去っていくイルカの後ろ姿に軽く一礼して、何をするわけではなくただ、それを目で追った。


「あ、もう付けるところなくなっちゃった?これ、持ってきたんだけど?」


ボーっとイルカを見ていたに、不意に後ろから声が掛かる。
は一瞬驚きながらも、振り返ると手に短冊を持ったカカシが立っていた。


「カカシさん!書いてもらえたんですね!
 飾っているときになかったんで、駄目だったのかと思いましたよ。」

「なかなか思いつかなくてさ。遅くなってごめんね。」


―まあ本当はこうしてに渡したかったからなんだけどね


カカシが少し微笑むと、もそれを返してくれる。
カカシの手から短冊を受け取ると、はそれを葉竹へ掛けようとするがその手がはっと止まる。
そして、にこにことその短冊を見ながら笑っている。


「人の願い事見ながら笑っちゃって…気分悪いな〜…」

「ごめんなさい!でもこの、“しゃきっとできますように”っていうのが…」


またが笑い始める。
カカシは表面上はムスっとしたような、冗談で怒っている表情を作っているが、内心では安心していた。
こうやってを喜ばせることができたのだから、あれこれと考えた時間は無駄ではなかったのだろう。
カカシはその満足感に、ふっと抑えきれなくなった笑みをこぼした。


「まあ、もっと背筋をしゃきっとできたらいいかな、ってね。
 アスマやゲンマの短冊はもうあるの?」

「ありますよ。えっとアスマさんは“アスパラが食べられますように”で、
 ゲンマさんは、“今年こそ楊枝卒業”だそうですよ。」


がそう言うと、またクスクスと笑っている。
そんな様子にカカシも同じように笑うその反面で、アスマやゲンマもを満足させたことに複雑な気持ちになっていた。


を喜ばせるならいいじゃないか という気持ち、と

を喜ばせるのは自分だけがいい と思う気持ち


きっとアスマやゲンマもそうだったろう、と思う。
それでも今、隣でが喜んで、楽しんでいてくれるならと思うと、自分もまた笑っている。

―今はこれでいい

そうカカシは自分の中で確かめるように呟いていた。


「で、は?」


まだ楽しそうに短冊を眺めているにカカシが問う。
はその言葉に恥ずかしそうにしながらも、一つの短冊を指差していた。

カカシはその短冊に近づくと、そっと手にとって眺める。
そこには、温かい、綺麗というよりは可愛らしい字で願い事が書いてあった。


「“死ぬほどケーキが食べられますように”?」

「…はい。」

「…意外と普通じゃない、これ…?」


カカシが苦笑いを浮かべながら、の目を見る。
しかしながらは予想に反して、力強くそれに応えている。


「これは私の本当の願いなんですよ?“こうなったらいいなぁ”とかじゃないんです。
 私、本当に1度死ぬほどのケーキを食べてみたいんです。“もう死ぬ”ってほどに。
 この願いは夢じゃなくて、絶対に叶えるんですよ!」


の熱弁にカカシは圧倒されながらも、ただ笑っていた。
“それなら普通じゃないね”、とカカシが言えば、も満足したように“はい”、と答える。
そのが微笑む顔に嘘、偽りなど全くない。
それだけにの言うことが本気であることが伝わってくる。
きっとこの説明を同じように他の誰かにもしたのだろうし、これからもするのだろう。

―明日からの待機所は凄そうだな

この短冊を見た、そしてと話した人たちはきっとケーキを持ってくるだろう。
もちろん、自分自身も、だが。


「意外とその願いは早く叶うかも…」

「えっ?」


カカシが呟いた言葉に、が“何ですか?”、という表情を浮かべて聞き返す。
カカシはにっこりと微笑むと、“なんでもないよ”、と言ってポンポンと背中を軽く叩いてから、その手をそこへ添える。
それにまた、は不思議そうな顔を浮かべたが、ただカカシはその短冊を眺めていた。




、ここにいたのか!」




タッタッという足音が聞こえたかと思うと、その背後から声が掛けられる。
カカシの手がまだ、背中に置かれている状態のままは振り返るが、カカシはそのまま葉竹を見ている。
まるで、その姿を見せ付けるかのように。


「そろそろ任務だ。…なのでカカシさん、その手を離してもらえますか?」


明らかに前半と後半で声色が変わっている。
カカシは満足したようにゆっくりと口角を上げた。


「任務じゃ仕方ないね。じゃあ、続きはまた今度。」


に添えていた手をそこから離すと、ひらりと上げ、そのまま振り返らずに去っていく。
ゲンマははっとしたような表情を浮かべカカシを睨むように何か言おうとしているが、その間にカカシの姿は見えなくなってしまった。
はまた、よりいっそう不思議そうな顔を浮かべるだけであった。


カカシは自分の姿が見えないようにすると、2人の様子を窺う。

―計画通り

怒りに震えるのを隠そうとするゲンマ、ただ不思議そうな顔をしている
きっと何もなかったことはわかっているはずなのに、それでもどこか気に掛かるのをの表情がまた助長しているのだろう。
いつも揺らめいている、口の楊枝も止まっている。
カカシは止めていた足を動かし、待機所へ向かった。




「…あの、ゲンマさん?」

「…なんだ?」

「カカシさんの言った意味って何なのでしょう?」

「…っ!?…がわかんねぇなら気にすることはねぇよ…」

「…そう、ですか…」




ゲンマとがカカシの行った方を眺めながら会話する。
はまだ、腑に落ちないという顔をしていたが、そこに差し込む光にぱっとその表情を変えた。




「今日の夜は会えそうですね。」


「ん?」


「織姫と彦星ですよ。このままの天気なら、きっと会えますね。」


「ああ。そうだな。」


「年に1度だなんて寂しいですよね。私ならいつでも一緒にいたいです。」





が空を眺めながら、そう言う。


―きっとが織姫なら、意地でも一緒にいねぇとな


あまりにも恋敵が多すぎる。
しかも手強い敵ばかり、だ。
年に1度だなんて、きっとこっちが耐えられないだろう。


ゲンマも同じように空を眺めながら、そう思った。

































アトガキ
なんとか七夕当日にupです。
これで自分内七夕企画終了、間に合ってよかったです。
今回はあまり絡みがないですね。
もう逆ハーじゃないようになってしまっているような。

夏は行事や季節モノが多いので、いろいろ書いていけたら…と思います。




2006.7.7 up



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