「…で、主催者は?」





テーブルに肘をつき、その手に顔を乗せながらカカシが口を開く。

いつもの猫背よりもさらに磨きがかかったその背中は真ん丸になっていて、その目にも力なんてものは微塵も感じられない。
始めこそ大人しくイチャパラを手にとって読んでいたものの、心ここにあらずで集中できないらしく、すぐに仕舞ってしまった。

そしてその隣に構えるアスマもまた、カカシのように不満を口にはしないものの、その口からは引切り無しに紫煙が吐き出されている。
目の前の灰皿には、今までに見たことがないくらいの吸殻が山積みにされている。






―たかが30分なのに





目の前にいる2人の姿を見て、紅は人知れずため息を付いた。

―たかが30分、遅刻しているだけなのにどうしてこうなるのか

その答えは聞かずともすぐにわかる。
だからこそため息が出てしまうのだ。



ここは云わずと知れた、酒酒屋―そう、居酒屋だ。



そこにすでに30分いて、テーブルの上には何もない。
酒も料理も…何も、だ。


決して酒酒屋が混みすぎていて、サービスが行き届いていないわけではなく、
客で程よく埋まったテーブルへと店員が酒や料理やを次々と運んでいる様子が今も目に入ってくる。
そしてたまに、店員の視線がこちらに注がれているのもわかっている。


 なにせここに来て30分、何も注文していないのだから


いつもならばこんなことは有り得ない。
見るからに酒好きそうな3人でいるのだから、酒なんて注文しなくても出てくるぐらいのものだ。
実際、入店したときにもう馴染みになっていることもあって、それぞれがたいてい注文する酒や料理を運んでくれていた。
が、カカシの声によって止められ、下げられてしまったけれども。


「…主催者よりももう1人の方でしょ?来て欲しいのは…」


敢えて口にはしないでおこうと思っていたものの、この重く、居心地の悪い空気の中を打破するためにも
紅は仕方なさそうな顔で口を開く。
その言葉に一瞬、カカシは紅を一瞥し、アスマはタバコを口に持っていこうとしていた手を止めたが何かを言うわけではなく、
また先ほどと同じ様子に戻っていった。

―本当に愛されてるのね

それを見た紅はまたため息が出そうになりながらもそう思うと、クスリ、と小さく笑った。





「…遅れてすみません!」





パタパタ、と足音が近づいてくるのと同時にその声が聞こえてくる。

それにカカシはテーブルに置いていた肘を下げると背筋を伸ばし、アスマはまだ吸い始めたばかりのタバコを灰皿へ押し当てる。
そして先ほどまで、真っ暗、もしくは何も色のなかった顔を一気に緩め、ぱっと花が咲いたかのようなピンク色の表情へ変えた。
その変化に紅は苦笑いをしながらも、自分の隣へとを招き入れる。


「本当、遅くなってすみません。待たせましたよね?」

「全っ然待ってないよ〜。ね、アスマ?」

「あぁ、全然待ってねぇな。気にするな。」


本当に申し訳なさそうに肩を小さくしながらが謝れば、カカシとアスマはこれ以上ないくらいに頬を緩めてそれに答える。
あれほどまで、“待っている”、という状況を作り出しておきながらまるでそれがなかったかのよう。
先ほどまでの死んでいる姿はどこにもなく、水を得た魚のように、ピチピチと跳ね、悠々と泳ぎ回っているようであった。


、アンコ知らない?」


が来たことでテンションがすっかり上がっているカカシとアスマが、の目の前にメニューを開いてああだこうだ、と
言い始めているのを尻目に、紅はを見ながらそう問う。
すると、は見ていたメニューから、はっと紅に視線を変えると口を開いた。


「あ、アンコさんなんですが、急な任務が入ったらしくて、それで違う日に飲み会を変えて欲しいって
 伝言頼まれたんです。ごめんなさい、忘れてました…」


“すみません、伝言頼まれたのに遅刻してしまって…”、そう言うと、がしゅん、と肩を落とす。
そんな仕草が可愛くて、ゆるゆると頬を緩ませるがは顔を下げてしまっている。


「気にしなくて大丈夫だから。だって任務だったんでしょう?」

「もう店にいるんだから今日は飲むってことでいいだろ?」

「ま、別の日も飲めばいいってことだよ。」

「…いいんですか?」


次々に掛かる言葉に、俯き加減だったが顔を上げて問う。
3人の“大丈夫”というように微笑む顔を見て安心したのか、もゆっくりと微笑んだ。
そしてそのまま、メニューへと視線を戻そうとしたがまた、はっとした表情を浮かべた。


「あ、ゲンマさんなんですけど…?」

「ん、任務に出てるんデショ?」

「受付所で聞いたら予定だともう戻ってくるみたいだったので、伝言頼んでおきました。」


がそうニッコリ笑って口にする。

って気が利くというか効きすぎるというか…

と目が合っているカカシは、心の中でそう思いながら、“そっか”、と言うとハハハ、と苦笑いをするしかなかった。


























程よい品数の料理と、程よいグラスがテーブルの上に置かれて、それを口にしながら他愛もない話をする。


―すごいなぁ

ただただ、その中では心の中で感心するばかりであった。


テーブルの上には程よい感じでしか、料理もお酒も置かれてはいないのだけれども。
それは本当に、“置かれていないだけ”、なのである。

まったりした雰囲気で、時間は流れているが、もう結構な量のお酒を飲んでいる。
カカシもアスマも紅も、酒好きと自他共に認めているだけあって顔色一つ変えずにずっと飲み続けているし、
サービスのよい酒酒屋だけあって、グラスが空けば店員がすぐに来て下げ、新しい品を持って来てくれる。
お酒だけじゃなく、料理だってなくなる前に紅がさりげなく次の注文をしている。

あまりにもそれが自然になってしまって、気付かずに過ごしてしまいそうにもなる上、
きっと自分以外のカカシやアスマ、紅はそれが当たり前なのだろう、ということも見ていればわかる。

―すごいなぁ

はそんな雰囲気を再確認しながら、だいぶ赤く、熱を持ってきた顔を手でパタパタ、と扇いだ。



「お、酔ったか?」


その光景をちょうど見たアスマが少し笑いながらそう言う。
話していたカカシと紅もその言葉に反応しての方を見た。


「え、あっ、酔ってませんよ?まだ大丈夫です。」


が慌てて、顔を扇いでいた手を止めて、自分のグラスに残っていたビールをぐっと飲み干した。
それを見た他の3人からは、“おー”という声が上がり、パチパチと小さな拍手が起こった。
はグラスをテーブルへと置くと、また一気に熱くなった顔を手で扇いだ。


「もしが酔ってもオレが送ってあげるから心配しなくていいよ?なんせお隣さんなんだから…」


カカシが目を弓なりに曲げながら、どこか嬉しそうにそう口にする。
は、“えっ?”と表情を浮かべながらただカカシの顔を見つめていた。


「…んなことさせるか。」

「いや、別に普通じゃない。が酔ったらの家に1番近いのはオレなんだから。オレより近いヤツ、いる?」


不機嫌そうに睨みを利かせているアスマに、飄然としたカカシが言葉を返す。
その言葉にアスマはよりいっそう、鋭い視線をカカシに送るがそれに怯むカカシではなく。
そのまま睨み合いを始める。

2人の只ならぬ雰囲気に気が付いた、はどうしたものか、とあたふたするが掛けられる言葉はない。
困った表情を浮かべているに気が付いた紅が仕方なさそうに微笑むと、一つ咳払いをした。

それにカカシとアスマが紅の方へ視線を向ける。
その異常なまでに無表情なまま視線を送ってくる紅の顔に、背筋がゾクリ、としたカカシとアスマは
ハハハ、と笑うと2人してグラスに手を伸ばした。



「毎度ありがとうございます。」



グッドタイミング、とも言えそうな間でそう声が掛かる。

4人がその声のする方を見れば、この店の店主がニッコリと微笑みながら酒瓶を持って立っていた。


「いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます。実は少し珍しいお酒が入りまして。
 メニューには載せてないのですが、よければどうでしょうか?」

「お、いいじゃねぇか。」


アスマが店主からその酒瓶を受け取り、それを嬉しそうな顔を浮かべて眺める。
隣にいるカカシも興味津々といったように、横から覗き込むようにそれを見ている。


「でも、いいんですか?そんな珍しいお酒を私たちが…」

「ええ、もちろん。ご贔屓にしていただいてますし、毎日この里の為に身体を張っていただいているお礼です。」

「…じゃ、お言葉に甘えていただきます。」


そう紅が言い終われば、各々が“ありがとうございます”、と口にする。
それに、“これからもよろしくお願いいたします”、と店主は軽く一礼すると奥へ戻っていった。





新しいグラスをもらい、それにコポコポ、と音を立てて注いでいく。

少し白濁しているその酒は、見るからに珍しさとそれに伴った高級さを醸し出していた。



  「「「「乾杯!」」」」



カン、と音を立ててグラスを合わせる。
そして、期待を胸いっぱいにお酒を口へと運んでいった。


「なかなか、だな。」

「おいしいわね。」

「意外とさわやかなもんだね。」

「あーすごいですねー。」


それぞれが口々に感想を述べる。

味は、その色とは裏腹に、意外にも爽やかで、咽越しもよい。
癖というような癖もないため、お酒大好き、というわけでもないにも飲みやすく、おいしいと思えるものであった。
“これならいけるかも”、はそう思いながら他の3人と同様、それをぐっと一気に飲み干した。































アトガキ
長くなりすぎまして、2話に分けます。
すみません…。








2006.8.10 up



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