今日も春らしい気候で、まだ朝だというのに、すでに窓から燦々と太陽の光が注いでいる、この待機所。




私は今日も少し早めに待機所に来て、いつもの場所に座る。
今日も私の特等席は確保。
セルフサービスのコーヒーを片手にソファに座り、太陽の陽を浴びるように外をボーっと眺めていた。









ちゃん、おはよー。」



コップに淹れたコーヒーが半分になったぐらいのころに、
そう声を掛けられて、窓から待機所へと視線を戻す。
目の前には銀髪で猫背のカカシさんが左手を挙げて立っていた。

「あ、おはようございます。」

そう私が答えると、カカシさんは右目を弓なりに曲げて、
“うん、おはよ”、そう小さく言った。




カカシさんの顔は額宛と口布で覆われていて、見えてわかるのはその右目だけ。
はじめは“よくわからない人だなぁ”なんて思ったけど、今ではすごく表情の豊かな人だということがわかった。
さっきみたいに挨拶をしたときは、この上ないくらいに弓なりの目をして、誰かの話を聞いているときには、しっかり見つめて。
目だけでその気持ちが伝わってくるのだから、きっと顔すべてにすればもっと豊かな表現をするのではないだろうか、と。
そんなことを特別上忍になってから、カカシさんを知ってから、今日までに実感している。



「今日もちゃんは早いね。」

「そうですか?」

「うん、早いよ。
 オレも早く来たつもりなのにちゃんいるから。」

「少しだけ、ですよ。」


ゆっくりした口調のカカシさんの言葉に反応する。
思わず自分の口調までもゆっくりになっていることに気付いて、私は微笑んだとき、ちょうどカカシさんと目が合って、
カカシさんも微笑んだ。
なんだか少し恥ずかしかったが、カカシさんの顔が優しく感じて、心地良さを感じた。


「あっ!今日ね、ちゃんにプレゼントがあってさ。」

「えっ?プレゼントですか?」

「そう。」


そう言いながらカカシさんは私の方からは見えていない、
右の方から青いリボンの架かった、真っ白な小さな箱を取り出して、テーブルの上に置いた。

「開けてみて?」

なんだか楽しそうに、箱を私の方へスライドさせながらカカシさんが言う。
促された私は、箱へと手を伸ばした。


青いリボンを解いて、シールを剥がして、蓋をゆっくり外す。
そうしてやっと姿を現したのは、丸い形をした、レアチーズケーキが2つだった。

「これって…」

「こないだちゃんが甘い物好きって言ったでしょ?
 本当はまだ開店時間前なんだけど、
 頼み込んで作ってもらったんだよ。」

「わざわざそんな…
 これって1日5個限定の、ですよね?」

「そう。そのうちの2個。
 一緒に食べ…」

「おう。、カカシ。」

カカシさんとの会話中、カカシさんが何かを言おうとしたときに、
ちょうどアスマさんがやってきた。

「おはようございます。」

「おう、おはよう。」

そう言ってアスマさんは、ドサッと勢いよく私の前に座った。
銜えていた煙草を灰皿へ押し当てると、左手に持っていた袋をテーブルの上へ置いた。


「昨日、任務で隣の国に行ってな。
 任務成功のお礼にこれをもらったんだ。」


ゴソゴソ、袋の中に手を入れて出てきたのは芋ようかん。
私にはそのようかんがただのようかんではないことに
すぐ気が付いた。

「オレはよく知らねぇが、老舗の和菓子屋が今の季節限定で、
 1日に数本、予約のみで出してるものらしい。
 生憎、オレはあんまり甘いモンが得意じゃねぇから、
 よかったらに、なんて思ってな。」

「本当ですか!?うわぁ〜おいしそう。」

そこまで言って、右の方から視線を感じ、振り返ると、カカシさんが私を見つめていた。


(あっ、そうか。
 さっきアスマさんが来る前に言おうとしたこと、
 聞かなきゃ。)

「あっ、カカシさん、さっきの…」


そう言おうとしているときに、カカシさんの視線が私から、私の後ろへと動くのがわかって、すぐ、
隣のソファに誰かが座るのがわかった。


、おはよう。」

その言葉に、私は振り返った。
そこには、楊枝を上下させながらゲンマさんがいた。

「おはようございます。」

私がそう言うと、ゲンマさんはいつものように微笑んだ。
そして、ゲンマさんは袋からなにかの箱を取り出して、テーブルに置いた。

、甘い物好きなんだろ?
 これ、作ったんだが食わねぇか?」

「えっ!?ゲンマさんも甘い物…」

「“も”ってことは、このテーブルにあるのは…
 甘い物みてぇだな。」

ゲンマさんがテーブルに置かれたものを見て、
少し苦笑いしながらそう言った。
私も、“そうなんです”と言って思わず苦笑いした。



「じゃあさ、この中からちゃんが好きなの選んで?」



カカシさんがぽつりと私に言った。
言われてから意味を理解するまで、少しの間私の頭はフリーズしたが、カカシさんとアスマさん、ゲンマさんの妙な笑顔に思わず声が出た。


「えっ……?」

「全部食べたら、摂取カロリーすごいでしょ?
 だから一つだけ選んでよ?」

「一つだけですか…?」

「うん。
 甘い物が好きなのはわかるけど、食べすぎはよくないからね。」


そう言って、優しく微笑むカカシさんの目は、そのときばかりは意地悪にしか見えなかった。
助けを求めようと思って、前にいるアスマさんの顔を窺ってみれば、煙草を吸いながら様子を見守っている、感じだった。
隣にいるゲンマさんは、苦笑いといった感じで見てくれてはいるが、助けはなさそうである。


(どうしよう…)


カカシさんの、人気の1日5個限定・レアチーズケーキ。
アスマさんの、隣の国の老舗和菓子屋、季節限定予約販売・芋ようかん。
ゲンマさんの、手作りパンプキンパイ。


どれもこれも、おいしそうで、“食べて”とばかりにいい匂いを醸し出している。
囲まれているだけで、どこかの至福の世界へ誘ってくれそうな感じがする。


「全部、はだめですよね?」


そう上目遣いで、カカシさんに申し出てみたが、“ダーメ”、と笑顔で断られた。



どうしようか。



選ぶからには、比べる基準が必要である。

どれも珍しいものという括りでは同じぐらいかもしれない。
レアチーズケーキも芋ようかんも、限定生産で、
パンプキンパイはゲンマさんが作ってくれたと考えるなら。
だから珍しいもの、という括りでの評価はどれも一緒。

じゃあ自分が食べたい物を選ぶとすれば。
ケーキの中でも、レアチーズケーキのさっぱりしてる中にも
口に広がる、あの独特の甘みはたまらない。
芋ようかんだって、渋めにいれたお茶との相性がぴったりで、
あの甘みは想像するだけでたまらない。
パンプキンパイは、外のぱりぱりしたパイの皮と、
中に入ったかぼちゃを一緒に食べたときのおいしさは絶妙。

消去法なんて使えそうにない。
考えれば考えるほど、いいところしか思いつかない。
なんかもう、降参して逃げたい!
こんな美味しい物を全部食べられないなんて。
私にとれば拷問。


はぁ〜…どうしよ…
もう頭が破裂しそうですよ…?














それからどれだけ目の前の3つとにらめっこしただろう。
その間、誰も口を開かずにただ見ていた。



「決めました。」



カカシさんもアスマさんもゲンマさんも、待っていたとばかりに私の方を見たのがわかった。

「どれにするの?」

カカシさんが相変わらず笑みを浮かべて聞く。
私はその顔を見ずに、目の前に置かれた3つの好物を見ながら口を開いた。



「…………パンプキンパイにします!」



はっきりとした口調で、きっぱりと私は言い切った。
もう迷わない、迷えばもう抜け出せなくなることは目に見えていた。


それを聞いていたカカシさんもアスマさんもゲンマさんも“えっ?”、という顔をしながら一瞬止まってしまった。


「いいですか?」

「う、うん。ちゃんがそうしたいなら。」

「んあぁ。がゲンマのがいいなら、なぁ?」


カカシさんとアスマさんの口調はどことなく歯切れの悪いような感じがした。
そうだよね、せっかく私にもってきてくれたんだし、そう思った私は、“すいません”、そう言って軽く頭を下げた。


「気にしないでいいよ。
 でもなんでパンプキンパイなの?」

「あの、一番大きいじゃないですか?
 だから、です。」

「それだけか?」

「はい。
 どれも同じくらいおいしそうで、珍しくて。
 あとはもう量で比べるしかなかったんです。」

「そっか〜。」

「なるほどな〜。」


カカシさんとアスマさんが苦笑いをしながら言った。
私はもう一度、“すいません”と小さく言った。


「じゃあ、一緒にパイ食べるか?」


カカシさんとアスマさんとの私のやりとりを
何も言わずに見ていたゲンマが口を開いた。
表情は、今まで見たことのないくらいの笑顔。
素がいいだけあって、その顔にドキッとしないではいられなかった。


「あっ、はい!」

「天気がいいから外で食べるってのもいいかもな。」

「そうですね。
 でも待機中ですよ?」

「どこにいるかさえわかれば大丈夫。」

「そうなんですか?」

「ああ。んじゃ行くぞ。」


そう言って徐に立ち上がったゲンマさんは、
左手にパンプキンパイを持って、右手で私の左腕に掴んで歩き出した。
いきなりのことで、ひっぱられる形にはなったが、
私は、“失礼します”とカカシさんとアスマさんに言った。















程なくして私が連れてこられたのは屋上。
セルフサービスから持ってきた紅茶と一緒に、
ゲンマさんとパンプキンパイを食べた。




「おいしいー!!」

予想したとおり、いやそれ以上に、パイの皮と中のかぼちゃの相性は
抜群で、口の中に程よい甘さが広がった。

に気に入ってもらえてよかった。」

「はい!すごいですね、こんなの作れるなんて。」

「大したことねぇよ。
 がまた食べたいっつったらいつでも作ってやる。」

「本当ですか!?
 あ〜嬉しいな〜。」


私は次から次へとパイを食べた。
ゲンマさんと一緒に食べたといっても結局は
私が4分の3、いや8分の7を食べてしまったに違いない。
そのことをゲンマさんに謝ると、
“気にすんな”、そう言ってゲンマさんは微笑んでいた。


(昨日必死で作ったなんて言えねぇよな)


おいしそうにパイを頬張るを隣で見ながら
ゲンマはふと思う。
昨日の晩の自宅の台所で、悪戦苦闘した自分を思い出して、
少し苦笑いしながら。
こうやって2人だけでいられる時間が作れたことを思えば、
昨日のことなんてどうでもよくなってしまうと感じていた。








その頃、待機所に残った・敗者カカシとアスマは
一気に腑抜け状態になっていた。
カカシはソファにもたれながら天を仰いで、
アスマはどれだけ吸っても足りない煙草にまた一つ火をつけて。

そして先ほどまでが座っていた場所にはアンコが座り、
“ホントにいいの!?でも質より量よね!!”と、気付かぬところで
2人の傷に塩を塗りつつ、レアチーズケーキと芋ようかんを頬張っていた。































アトガキ
3の話の続きです。3がフリになってます。
ゲンマさんはONE PIECEのサンジと声が一緒だからってことがあって、
料理が上手っていうイメージをついつい作ってしまうのですが…
今回はそういうのではなくて、頑張ったということで。
次の内容はアスマ夢の予定。予定は未定ですが…

2006.3.24 up




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