今日は待機で、いつものように煙草を吹かしながら待機所までの廊下を歩く。
ここのところ、新しい特別上忍が入ったことで、何かと騒がしかった待機所からは
いつものような賑やかな声は聞こえてこない。
むしろ静かすぎるとさえ感じてしまうほどだ。
―まあそれが普通だがな
アスマはその静かさに、どこかで寂しさを感じている自分に
思わず苦笑いした。
―今日は誰もいねぇのか
それも気楽でいい、そんなことを思いながらドアを開けると、
いつもの場所に彼女はいた。
黙々と分厚い雑誌を捲りながら、時折“う〜ん”と悩んでいるその姿は、
まるで小動物のようで、アスマの心がぽっと温かくなる感じがした。
―熊が食っちまうぞ?
無防備とさえ思えるその姿に、冗談半分、本気半分のそんな気持ちを抱きながら
アスマはのいる方へ近づいていった。
気配を消すわけでもなく、いつもするようにポケットに手を突っ込んで歩く。
の目の前まで来てみたが、まったく気づくような素振りはなかった。
―これでも特別上忍か?
どうやらは、なにかに入れ込むと周りが見えなくなるらしい。
“とてつもない集中力”、と言えば少しは聞こえがいいかもしれないが、
ここまで近くにいても他の気配に気づけないことは少々問題である。
の目の前で新しい煙草を取り出し、銜え、火をつける。
その一連の動作をしてみたが、それでも反応はない。
―ここまで気づかれないのも悲しいな
アスマは軽くため息をつきながら、の隣に座った。
「よう。」
アスマがそう声を掛けると、それまでページを睨みつけていたの肩が一瞬ビクッと反応した。
そしてくりくりした大きな目をこの上ないくらいに大きくさせて、がゆっくりアスマの方を向く。
「ア、アスマさんじゃないですか。驚かさないでくださいよ〜。」
自分の世界に入り込んでいたはアスマの声で一気にこっちの世界に戻ってきたようで、
“びっくりした”、とはっきりわかる顔から、相手がアスマとわかったことで
“安心した”、という笑みに変わるのがわかった。
―これは反則だろ?
座っているとはいえ、身長差のある二人。
背の低い、は見上げるかたちになり、
その一方、背の高いアスマからそれは上目遣いにしか見えない。
それだけでもぐっとくるのに、それにプラスされる、満面の笑み。
アスマは自分の顔が、の動作一つで一気に緩んだことに気が付いていた。
「そ、それなんだよ?」
自分の緩んだ顔を隠すように、アスマはすかさずの視線を元の雑誌へと戻す。
真っ直ぐな性格のは、“これですか?”とアスマの思惑通りに
手元の雑誌の方へ視線を動かしていった。
「通信販売の本なんですけど・・・。」
「なんか欲しいもんでもあんのか?」
「まあそんなところですかね。」
は右手の親指で、ぺらぺらとページをはじきながら答えた。
アスマはその様子を見ていた。
だって忍ということを除けば、年頃の女だ。
任務や修行で時間がないだろうが、
きっとそこらへんにいる女が興味を持つような服やら化粧やらも好んでいるのだろう。
いつだったか、紅とアンコが熱心に雑誌を見入っていたことをふと思い出した。
―こいつも女、なんだからな
アスマはがいる方でない、右の方へ紫煙を吐いた。
どうやら再び雑誌と自分の世界へ入っていった。
そしてまた、“う〜ん”と唸ってみたり、ペンで印をつけたり。
あまりの真剣さにアスマは、“またか”と少し苦笑いをしながら、
邪魔をしないようにただその様子を見ていた。
目に映るのは雑誌とにらめっこをする、だけ。
それ以外には何も映ってなかった。
―こんなこと初めてだよなぁ
を見かけるときにはいつも銀髪と楊枝が、もしくはどちらかが必ずいた。
それが今日に限ってはいないのだ。
ただ何も言わずにを見ている。
そういう自分がいる。
こういうときカカシならどうするだろうか。
きっと一緒に覗き込んで、ああだこうだと、うまくのことを
聞き出すんだろうな。
ゲンマならば、黙ってのことを見て見ぬふりをしながら、
頃合をみてコーヒーでも取ってくるだろう。
―オレはカカシみたいに口が上手くもなければ、ゲンマみたいに優しくもねぇ
ふと、カカシやゲンマのことを想像して、アスマは煙草を銜えた口に力を入れた。
少し煙草特有の苦さが口に広がったが、それはどうでもよかった。
―オレはどうに接していけばいいんだ?
女の気持ちってのはよくわかんねぇ。
まして、惚れた女の気持ちはもっと見えなくなる。
そして大きくて、厚い壁が二枚だ。
手を考えなければ手遅れにもなる。
今はただ迅速に、なおかつ、的確に、だ。
―降参もなし、だな
大きく煙草を吸って、吐き出す。
紫煙がふわふわと、アスマの目の前に立ち上がった。
小一時間ほどが過ぎたころ、はパタンと雑誌を閉じて、両手を挙げて伸びをした。
「はぁ〜。疲れたぁ〜。」
「終わりか?」
「そうですね。一応ですが…
あ、アスマさんもコーヒー飲みますか?」
少し目を擦りながらが立ち上がりアスマに問う。
“ああ”、アスマはそう言っての言葉に甘えた。
少し離れたところに置かれたセルフサービスのコーヒーをが淹れている。
その様子をぼんやり眺めていると、隣のが置いた雑誌が視界に入った。
を見つめているのも決まりが悪いので、それとなく、その雑誌を手に取ってみる。
そして先ほどがやっていたように、ぺらぺらと捲ってみた。
てっきり女が好きそうな服やカバンやなんやらが載っていると思っていたそれは、
机や棚、ソファといった物がたくさん載っていて、その中には大きな丸が描かれたものもあった。
そんなことをしていると、2つのカップを持ったが戻ってきた。
「アスマさんはブラックですよね?はい、どうぞ。」
そう言って何の混じりけのないコーヒーをがアスマに渡す。
“悪いな”、そう言いながらそれを受け取った。
「これ、何なんだ?」
右手に持ったカップからコーヒーを一口飲んで、
左手で支えている雑誌に視線を落としながらに問う。
「これですか?買おうかと思うんですけど…
それ3段にするか2段にするか今、悩んでて。」
2段でも十分な気がするんですけど、3段あればたくさん入るし…
そんなふうに続けながら、アスマの目の前で開かれているページに載っている、
収納ボックスをは見ていた。
「あぁ。そうか。」
少し期待外れの答えに、アスマは苦笑いしながら相槌を打つ。
はそんなアスマには気付くことなく、視線を雑誌へ向けていた。
「ずっと実家暮らしだったので、一人暮らしなんて初めてなんです。
どういうものが必要なものなのか、よくわからないんですよ。」
「んあ?一人暮らしするのか?」
「そうなんです。
もう特別上忍なんだから、いい加減、自立しようと思って。」
「一人暮らし、なぁ〜…」
「買いに行く時間がなくて、家具は一式通信販売に頼ろうと思って。
家は、ちょうど上忍用の寮の部屋が空いて、探す手間は省けたんですけど。」
「寮に入るのか!?」
驚きのあまりにアスマの声が少し大きくなった。
そんなアスマのリアクションに、はアスマの顔を不思議そうに見ながら、
“そうですよ?”と答えた。
―寮って言えば、カカシもゲンマも入ってんじゃねぇか
残念ながら、アスマだけは寮暮らしではない。
今まで寮の良さなんて考えたこともなかったし、入ろうなんて微塵にも思ったこともなかったが、
たとえあんなに狭い寮であっても、今だけは入っておけばよかったと痛感した。
本人たちはまだ知りもしないところで、との接点ができることを
アスマはただ奥歯を強く噛み締めるしかなかった。。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。」
の不思議そうな顔に、アスマは少しだけ微笑みながら答えた。
―これは誰にも絶対言えねぇな
明らかに敵が有利になる情報を軽々と流してたまるか、
アスマはそんなことを思いながらの声に答える。
は腑に落ちないような顔をしていたが、それ以上の詮索はしなかった。
「あ、早く注文しないと引越しに間に合わなくなる!」
ハッとした顔をしてがそう言った。
「いつ引越しなんだ?」
「1週間後なんです。
その非番の日を逃すと、かなり遅くなるので…」
「じゃあさっさと決めて、注文しないとな。」
「そうですよね。
引越しのこと考えると、頭が破裂しそうですよ。やることがいっぱいで。」
「そうだろうな。」
の苦笑いに、アスマも賛同しながら苦笑いをする。
そしてアスマは、煙草を消して、カップに残っていたコーヒーを飲み干した。
「私、説明書とか苦手なんですよ。
さっきのボックスとか、配線とかやってるだけで日が暮れそうです。」
はじめはうまくいくんですけど、途中からぐちゃぐちゃになるんですよね、
が頭を掻きながら少し恥ずかしそうに話した。
「ん?誰か手伝いとかは来ねぇのか?」
「誰もいないですね。そういうこと頼むのって、なんだか悪いじゃないですか。」
らしい答えに、思わず少しアスマは微笑んだ。
そしてその一方で、アスマの心にふと、あることが思いついた。
― 1週間後 引越し 説明書苦手 が1人
他愛もない会話で、うっかりしていれば聞き流してしまっていたかもしれない、
その要素を繋げてみれば、そこにはあるものが生まれる。
そして、意を決して、にある提案を持ちかけた。
「引越し、1週間後って言ったな?
オレもちょうど非番だ。オレでよければ手を貸すぜ?」
「えっ?そんなの悪いですよ!せっかくの非番ですし。」
予想通りののリアクション。
しかしここで引いてしまってはなにもならない。
アスマはゆっくりした口調で続けた。
「別に他の用もねぇから気にするな。
いくら忍だからって1人で荷物運ぶのは大変だろうし、
それに、組み立ても配線もオレがやった方が早く終わるんじゃねぇか?」
自分の話を、“悪いですよ”という顔で聞いていたが、
“それもそうだな”という顔へ変わっていくのがアスマにわかった。
そして、作戦はうまくいったとアスマは確信した。
「…アスマさん、お願いしてもいいですか?」
理想通りにが申し分けなさそうな顔をして聞いた。
アスマはできる限りの優しい声でに答える。
「何の問題もねぇ。むしろオレが声を掛けたんだからな。」
「本当すいません。ありがとうございます。」
「さっさと注文済ませとけよ?
引越しに荷物がないんじゃ、何もならないからな。」
「はい!今日の昼に注文します。」
の微笑む顔を見てから、上へ煙草の煙を吹く。
煙は天井へと、舞い上がっていった。
アトガキ
アスマの単体夢。一話で終わらせようと思ってたのですがダラダラと書いてしまいました。
なので次回も続きのアスマ夢です。
どうしても書きたいことがあるので、一人暮らしをさせたかった…実はそれだけなのですが。
2006.3.31 up
ONE BY ONE 5*close