あれから1週間後。
やっと引越しの日はやってきた。
自分の引越しでもないのに、この日を楽しみにしていた自分がいることを
あれからの7日間、毎日、アスマは感じていた。
寮までの道のりの最後の曲がり角を曲がる。
寮の前に、の姿が見えて銜えていた煙草を地面へと落として、足で踏んだ。
念のために聞き出した、カカシとゲンマの今日の予定は、
どちらも任務で里にいないらしい。
帰ってくる予定は明日以降で、今日中には戻れないこともわかった。
―今日も邪魔者はなしだ
空を見上げながらそんなことをふと思って、顔が緩んだ。
空から寮へと視線を戻せば、自分に気付いたらしいが小さく手を振っていた。
「おはようございます。
本当今日はすみません。」
笑顔を浮かべながらはそう言う。
アスマはそんなを見ながら、そのいつもと違う服装に心臓が一瞬止まって、
そして一気に早く動いていくのを感じた。
の服装。
たぶん作業がしやすいように選んだに違いないジャージ姿ではあったが、
いつもを見てきたときのような忍装束ではない。
上も下も薄いピンク色の、少し体にフィットしたようなジャージ。
その色も形も、の女性らしさをいつも以上に醸し出していてる。
―こんなんで引越しできるか
の姿に色っぽさを覚えて、今日狭い部屋の中で一緒に作業ができるだろうか、と
アスマは不安にさえなった。
しかしながら、はそんなことにはまったく気付いていない、いつもと変わらぬ笑顔で
自分に視線を送っている。
“視線に困るから着替えた方がいい”なんて言えるはずもなく、
ただ耐えて作業をするしかないとアスマは腹を括った。
「おう。気にするな。
荷物はもう届いたか?」
「家電製品以外は届いてます。」
「そうか。じゃ部屋行くか?」
「はい。」
そう言って、が寮へと入っていく姿を追うようにして、
アスマも中へと入っていった。
「ここです。どうぞ。」
が部屋の前で立ち止まって、ドアを開けながらそう言う。
「悪いな。」
「いいえ。
あっ、アスマさんが私の部屋の初めてのお客さんですね。」
後ろからそんなの声が聞こえて、アスマは思わずドキッとした。
がまだ後ろにいたからよかったものの、今のアスマの顔は恥ずかしいくらいに
固まって、一瞬にして赤くなっていっていた。
の声色から、特に何の意味もないような、単に思いついただけの言葉であったことはわかるが、
不意を突いて、改めて気付かされたこと。
―そうか。オレは初めての部屋に入ったヤツなんだな。
の言葉を自分で噛み砕くように、心の中で確かめると、
やけに、“初めて”、のところを意識してしまう。
ただ、の手伝いができる、助けられる、そんな気持ちでこの引越しを買って出たが、
それのおまけのように付いてきた、“初めてのお客”という称号。
にやけてしまいそうな顔をなんとか抑えつつも、
アスマはの言葉に、“そうだな”、とだけ答えて、靴を脱ぎ、部屋へと上がった。
部屋には先ほどが言ったように、家電以外のものは届いていて、
無数のダンボールが無造作に置いてあった。
「一応、部屋の掃除は済ませたので、
すぐに組み立てたり、片付けたりはできるようになってます。」
「そうか。オレは何をすればいい?」
「アスマさんにはベットと棚の組み立てをお願いしていいですか?」
「おう。説明書関係な。」
そう言って、にやりとアスマが笑った。
は“そうですね”、と恥ずかしそうに微笑んでいた。
―ピンポン
しばらく作業をしていると、部屋にそんな音が響き渡った。
玄関に近い台所で、食器を片付けていたが、返事をしながらドアを開けた。
「どうも。ご注文の品、お届けに参りました。」
「ご苦労様です。えっと、向こうの部屋に置いてもらえますか?」
「はい、了解しました。」
そうと宅配業者の間で、軽い会話が行われた後、次々に部屋へダンボールが
運び込まれた。
に頼まれた、ベットや棚をちょうど作り終えたアスマは
その様子を出窓に凭れながら眺めていた。
程なくして、すべてのものが運び込まれ、“ありがとうございました”と
が宅配業者を見送り、そのドアを閉めた。
「これはオレがやった方がいいだろ?」
アスマは相変わらず、出窓に寄りかかりながらダンボールに視線を向けてそう言う。
「そうですね。お願いしたいです。
でもその前に少し休憩しませんか?」
「別に構わねぇが、残ってるのこれだけだろ?」
「そうですけど…?」
「じゃあすぐ終わるから休憩はなしでいいんじゃねぇか?」
「すぐ終わりますか?…じゃあ休憩はなしということで。」
ああ、そう言ってアスマがダンボールへと手を掛け、びりびりとガムテープを外し、
中からテレビを取り出した。
その隣で、はオーブントースターなどコンセントに挿すだけのものをダンボールから出し、
台所へと運んだ。
コンセントを入れるだけのは、何度か台所と往復するだけで作業を終えた。
部屋のほうを見れば、まだアスマがテレビとビデオの配線をしているのがわかった。
「どうですか?」
は座っているアスマの隣に立ち、膝に手を当てながらその手元を覗き込んだ。
“あ?”、そうの声の方へとアスマが振り向けば、意外と自分の顔の近くに
の顔があるのがわかった。
「もうすぐだ。」
そう言って、の顔からまた手元へと視線を戻す。
冷静を装ってはみたが、心臓はこれ以上ないくらいに跳ね上がり、額からは汗が噴出していた。
「すごいですねー。説明書見てますか?」
「んあ?そんなもん面倒臭くて見てねぇ。」
「見てなくてできるんですか!? すごい!!」
そんなの同じ色に差し込めばいいだろ?、そんなことをアスマは言いかけたが、
言えば、正直に自分の行動に尊敬しているを馬鹿にするような気と、
単純なことでも自分をそういう目で見てくれているをそのままにしておきたい気が
ふと沸いてきて言うのをやめた。
「ほら、できたぞ。」
テレビとビデオの電源をアスマが入れてみせる。
パチン、と音がして、2人の目の前にあるテレビにもビデオにも灯りがともった。
「うわーつきましたね!
早かったですね!!」
アスマが少しの方へ視線を向けると、そこには目を輝かせて喜びを表しているがいた。
―単純なヤツだな
まるで子どものようなストレートな感情表現にアスマは少し微笑んだ。
「アスマさん、ありがとうございました!
私がやってたらたぶん説明書読むだけで今日が終わってましたよ。」
「そうか?まあこんなぐらいだったら礼を言われるほどのことじゃねぇ。」
「そんなことないですよ。本当アスマさんに手伝ってもらえてよかったです。
まだ外も明るいですし。なんかお礼しないと…」
「気にするなって。これで終わりか?」
アスマは部屋の中をぐるっと見渡すようにして、後ろにあったソファへと腰を掛けた。
作業をしているときにはあまり感じなかったが、改めて見てみると、
いかにも女らしい家具に配色、そこへ女らしいものが置かれていた。
「そうですね。これで終わりですね。…あ、1つ忘れてました!」
「ん?なんだ?」
「いや、どうでもいいことと言えばいいんですけど…ちょっと夢だったことで。」
はっきり言わないその口調に、らしさを感じないとも思ったが、
アスマはただ、“何なんだ?”、そういう眼差しをただに向けていた。
「でも、アスマさんへのお礼にも、少しはなると思うので…。
ちょっと買い物行ってきていいですか?」
「よくわかんねぇが、すぐ帰ってくるんだろ?
なら別に構わねぇが。」
「すぐ帰ってきます。
じゃあ少し待っててください。飲みものとかお風呂とか自由に寛いでていいですから。」
そう言っては財布を取り出し、玄関の方へと歩き出していた。
アスマはソファに座りながら、その様子を視線で追っていると、
“行ってきます”、そう言ってがドアを開け、ガチャンと音を立てて閉まるのがわかった。
部屋に1人になったアスマはまた、ぐるっと部屋を見渡す。
―なんつーかガードが甘いのか、あまりにも意識されてないのか
いくら同僚とは言え、こう自分の部屋に男を1人置いていくのは如何なものなのか。
自分を信用した上の行動なのか、それとも男として見られてないのか
ふとアスマの頭にそんなことが思い浮かぶ。
きっとそのどちらも当てはまる気がして、はぁ、と思わずため息が漏れた。
―まあいいじゃねぇか こうやっての部屋で寛いでる自分がいるんだ
言い聞かせるようにそう心の中でつぶやいて、座っていたソファへと身を任せた。
「・・・マさん、アスマさん。」
遠くでそう、が呼ぶ声がして、意識が戻るような感覚に包まれた。
「アスマさん。」
今度はそうはっきりと聞こえて、その声を確かめるように目を開けた。
「ん?」
「アスマさん。」
「…オレ寝てたか?」
「はい。帰ってきたら寝てました。」
そう言って、は微笑んだ。
“そうか”、アスマもつられるようにして微笑む。
「せっかくの非番なのに疲れさせてすみません。
それでちょっとしたお礼なんですけど、どうですか?」
の視線がテーブルの上へと動いた。
アスマも同じようにテーブルの上へと視線を動かした。
「…そばか?」
「はい。引越しそばです。」
またもにっこり微笑んでいるが見えた。
―本当に単純なヤツなんだな
そう思うと、アスマは口の端を上げた。
「…もしかしてそば嫌いですか?」
「いいや。その逆だな。」
「本当ですか!?よかったー。
じゃあ食べましょう。あ、まだ残ってるんでおかわりも大丈夫ですよ。」
そう言いながらはアスマの方へ、そばの乗った笊を置き、器の中につゆを注いだ。
「おう。ありがとう。」
そんなふうにアスマとは並んでそばを頬張った。
―これも思わぬところの幸せだな
アスマはそんなことをふと思い、1人微笑んでいた。
「おい、。いくらなんでもこんなにそば食えねぇぞ?」
おかわりを頼んだアスマが苦笑いをしながらに言う。
目の前には笊いっぱいのそばが盛られていた。
「やっぱりそうですか…。」
も同じように苦笑いをしてみせる。
アスマはそんなの様子にため息が出そうになったが、それをぐっと抑えて、
に問うた。
「なんでこんなにそば作ったんだ?」
「あの、お隣さんとかに配ろうかと思って。
留守だったんで余っちゃいました。」
「…ここは忍しかいねぇんだから変に気を使うな。」
律儀すぎるそのの行動に呆れそうにもなったが、真顔でそれを話すに
―本当かわいいな
アスマはそう思わずにはいられなかった。
アトガキ
アスマ夢引越し・後編です。これでこのアスマ夢は完結ということで。
本当はアスマが気を使って、部屋では煙草を吸わなかったことを出したかったのですが、
うまく入れられませんでした…。
次は3人とも出てくる話にする予定です。
2006.4.11 up
ONE BY ONE 6*close