「ねえねえ、知ってた?」

いやらしいほどの笑顔のアンコが、周りに座っている仲間の顔を見回しながらそう口を開く。
そのアンコの表情に、“また良からぬ事でも…”、
そんなことが反射的に頭に浮かんだアンコ以外の4人は軽くため息をついた。





「ちょっと!知ってたって聞いてるの!?」

想像した以上につれない仲間の様子に、少し声を荒げてアンコが言う。
さっきまでニヤニヤしていた顔はそこにはなく、目はちょうど視線の先にいたゲンマを
キッと睨みつけている。

―それはねぇだろ? なんでこん中で1番年上のオレが1番年下に睨まれんだよ?

ゲンマはその視線から目をそらすと、銜えていた楊枝を噛み付けるようにして
眉間にぎゅっと皺を寄せた。
“今日は静かに過ごしてぇって思っているのに絡んでくんな”、そう思って
心の中でアンコを無視しようと決め込んだが、カカシとアスマ、そして紅の、
“聞いてやれ”、という自分に対する同情のこもった視線にはぁ〜、と軽く息をついて口を開いた。

「何がだよ?」

かなり呆れた声でそうゲンマが言えば、待ってましたとばかりにアンコの瞳が輝き出した。
そしてゲンマにはまた、“悪いな”、そんな3つの視線が送られた。

「知りたい?」

ウフフ、そんな声が漏れそうな表情でアンコが微笑む。
“面倒臭い”、もう他の4人はため息が出るのを通り越して、思わずその笑顔につられて
笑いそうにまでなった。

「知りたい。」

先ほど答えたゲンマの隣に座っていたカカシが、棒読みと引きつった笑顔で口を動かす。
その様子に、アンコは軽くカカシを睨んだが、“まあいいわ”と言ってまた微笑み出した。

「…明日の誕生日なんだって!知らなかったでしょ?
 どう?驚いた?」

驚け、そう強制するような顔でまたぐるっと周りの仲間の顔を窺う。
そして満足したように、この上ないくらいの笑顔を浮かべた。


「驚いちゃって声も出ないってことかしら?
 そうよねー、誕生日なんてなかなか知れないもの。それに明日だなんて。」


声高らかに、勝利宣言と言わんばかりのその言葉は待機所の中によく響く。


ここまでも驚いた表情を浮かべて、言葉も何も出てこない4人を見るのはかなりの快感だ。
今までこんなに人を驚かせたことがあっただろうか、とふと思う。
そして内から沸いてくる喜びを噛み締めるように口の端を上げた。
“例えられない気持ちよさ”、をアンコは感じながら大きく深呼吸をすると、清々しい気分にさえなった。












…それにしても。


しばしの間、その気持ちよさに酔いしれてはみたものの、あまりにも言葉がない。

カカシ、アスマ、ゲンマを見れば、ぴたりと体が固まってしまっていて、
放心状態、もしくは何か必死に思考回路を動かしているという様子である。
紅を見れば、先ほどまでの驚いた顔はないものの、他3名の様子を窺っている、
そしてその様子から何かを考えているようであった。

アンコの顔に浮かんでいた満面の笑みはだんだん固まり、上がっていた口の端は正反対の方向へ落ち、
そしてそれまでの表情が剥れるようにして崩れていった。


「何なのよ、なんか言いなさいよ!」


フルフルと頬を震わせながら発せられたアンコの声に、カカシ、アスマ、ゲンマの体が同時にビクッと反応した。
紅はそんな3人に苦笑いをしながら、アンコにそっと目を向けて口を開いた。

「アンコ、どうしてそんなこと知ってるのよ?」

紅のいつもの、いやそれ以上に落ち着いた口調はしっかりとアンコを宥めた上、
聞きたい事を聞かれたアンコは嬉しそうに顔を緩めた。

「この間、春の定期健診に行ったら、ちょうどもいたの。
 それで一緒に回ってるうちに、ふとの健診票が見えて、“もうすぐなんだー”って。」

「そうなの。」

「そう。それで今日来たらがいない代わりに他の顔が揃ってるから、驚くかなと思ったの。
 想像以上の反応、面白かったわー。」

そう言ってアンコは目の前のテーブルに置かれていた団子を手に取り、豪快に頬張った。
紅はそのアンコの様子にいつも通りのアンコを確認すると、今度は目の前の男3人へと
視線を向けた。


ポケットに手を突っ込みながら俯き加減で座る銀髪上忍。
ポカンと開けた口から、もわんと紫煙を吐き出している髭上忍。
不規則に楊枝を動かしながら眉間にキリっと皺を寄せる楊枝特別上忍。


少しずつ違いはあるものの、3人とも1点をただ見つめ、何かを考えているようであった。

―たった1人の女特別上忍の誕生日で、ここまでなるとは

紅はそんなことを思って、1人クスッと笑った。



と初めて会ったときに、確かに紅自身もに魅かれた。
同性に対して、“魅かれる”という表現はおかしいかもしれないが、
は誰にでも同じように接し、その上、どこか構いたくなる何かを放っているような感じがして。
年下だから、後輩だから、新米だから、そういったことを抜きにしてもなぜか構いたくなる、
視線の先に彼女がいると何か安心する気持ちにも楽しい気持ちにもなるのが、、なのだ。

そう感じているのはどうやら自分だけではないことはこの待機所の空気からよくわかっていた。
がいるのといないのでは明らかに違う。
今日なんて、アンコが現れるまでの会話は挨拶だけ、挨拶とがいるかいないのかの会話だけだった。

“妹的存在”、そんな解釈が当てはまるかもしれないとふと思う。
きっと自分とアンコにとってはそんな存在ではないだろうか。
そしてカカシやアスマ、ゲンマにはまた違う感情を抱かせる存在であるらしいことも
見ていれば手に取るようにしてわかった。



紅はふぅ、と小さく息をついて、口を開いた。


「今日の明日じゃプレゼントもしっかり用意できないわね。」

その言葉に、目の前の男3人の視線が紅へと集まった。
“ねぇ?”と紅が念を押すように言えば、3人の顔がハッとした様子に変わった。

「…指輪はまだ早いし、ちょっと重く思われそうだからネックレスあたりがいいかな?」

「オレはどうすっかな…花束か?女っつーのはわかんねぇ。」

「もう1回パイ焼こっかな。こないだはえらく気に入ってくれたみてぇだし。」

三者三様、といった様子でブツブツと口にする。
その言葉は単なる独り言にも聞こえれば、牽制し合ってるというようにも取れる。

―やっぱりそうなるか

紅は軽く瞳を閉じながら、苦笑いを浮かべた。


「ゲンマ、今回は負けないよ?」

「そうだゲンマ。前回のは少し油断しただけだ。」

先ほどのゲンマの言葉に、お菓子対決を思い出したカカシとアスマが
ゲンマを睨むようにして食って掛かり始めた。
ゲンマも、“予想通り”、そんなふうに2人を鼻で笑えば、3人の間には火花が散り始めた。

「あーやっぱり指輪にしようかな?それでオレの気持ちをちゃんと伝えよっと。
 真面目な顔で言えば、少し鈍感なもちゃんとわかるでしょ。」

「オレは猿飛家御用達の料亭にでも誘うか。
 そこでだけの特別コースを作らせて、うまいもん食わせて告白すっかな。」

「そんな2人も…。オレはまたパイ焼いてと食べますよ。
 2人だけで過ごせればそれだけで満足じゃないですか。」

やけに余裕たっぷりなゲンマの様子にまた、カカシとアスマが鋭い視線を送る。
送られたゲンマは、目を合わせずにただゆっくりと楊枝を上下させている。
その様子にまた、カカシとアスマの目は鋭さを増していた。

そして、カカシが何かを思いついたように、にやりと微笑みながら口を開いた。

「言っておくけどゲンマ?お菓子の話は質より量だったってだけだよ?」

「そうだ、ゲンマ。」

カカシの言葉にアスマも同じように微笑みながら煙草を吹かして同意する。
その2人の攻撃に、ゲンマは余裕たっぷりの表情が一瞬にして崩れていく。
カカシとアスマはそのゲンマの姿に、“やった”、と言わんばかりの嫌な笑顔を浮かべた。

「そ、それでもはオレを選んだというのは変わりないんですからね。」

明らかに苦し紛れのゲンマの言葉はボソボソと吐かれるだけで何の意味もなしていなかった。




「ちょっとあんたたち。」

一通りの牽制の試合が終わったところで紅が抑えた口調で声を掛ける。
あれやこれやと考えていた3人は紅の方へと視線を変える。

「そのお菓子のとき、相当が悩んだらしいじゃないの。
 誕生日にまでをそんな気持ちにさせるつもりじゃないでしょうね?」

いつもの紅らしい、淡々としたその言葉に3人はドキッとせずにはいられなかった。


お菓子のときを思い出せば、本当に苦しそうに悩み、そして本当に申し訳なさそうに謝るの姿が
ぱっと頭の中に蘇ってくる。
あの時は自分のことで精一杯で気付くこともできなかったが、に苦渋の選択をさせたことを
改めて紅の言葉で思い出した。

そしてそれと同時に、
カカシとアスマは、選ばれなかったときの喪失感、ゲンマは選ばれたときに得られる満足感が蘇る。


―また、あの喪失感は味わいたくない

―あの満足感は手放したくない


手に入れられなかったものを手にしたい気持ちと、手にしたものを離したくないという気持ち。
そして誰かにを渡したくはないという気持ち。

そんな気持ちが交差しあって、醜い牽制のし合いをしていたことを思い出すと自分の小ささを突きつけられたようで
穴があったら入りたい気分になった。

の誕生を祝わなければ

いつかはを自分のものにしたいと思うけれども、今はの誕生を祝って、そしてとにかくを喜ばせたい。

3人は原点に戻ってその気持ちを再確認した。


そんな3人の様子を確認すると、薄っすら笑みを浮かべた紅がゆっくりと口を開いた。

の誕生日はみんなで祝うわよ。時間がないけど分担すれば準備も早く済むわ。
 アンコ、あんたもよ。」

紅の声に、次から次へと団子へ伸ばしていたアンコの手がぴたりと止まり、
“何?”、と言わんばかりに紅に視線を向ける。
“アンコもが好きでしょ?”、そう紅に聞かれて、“当たり前じゃない!”と
一際響く声を上げてアンコが答えた。

「いいわね?」

紅がカカシ、アスマ、ゲンマ、アンコにそう声を掛ければ、こくりと4人が頷いた。











こうして紅を中心に、“誕生日大作戦”が決行に向けて動き始めた。































アトガキ
サイト開設1周年と自らの誕生日を合わせた企画夢です。
誕生日前日。さんの知らないところで話が進められています。
本当は1話で完結させるつもりだったのですが、長くなってしまったので前編・後編にします。



2006.4.25(1st Anniversary!!) up




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